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第二十七服 四月の終わり  

 

「碧!なんや聞いたで〜昨日サッカー部遊びに行ったら、先輩のパスが頭にクリーンヒットしたんやて?」


 中等部から同じクラスの寺崎がニヤニヤしながら一限目の授業が終わるや否や碧の元に来てこう言った。

 いつもの通りに机の上にドカッと座ると、それと同時に周りの奴らも集まってきた。


「俺も見た見た〜!まぁ俺はピッチの外からやけどな。それまでめちゃ王子様やったのにな、なんや急にヘマしてんこいつ!」

 俺も見た俺も見たと、3,4人が目撃証言を口々に面白おかしく話す。


(同じクラスでサッカー部の奴らってこんなにいたっけ…ていうか誰?)


今更ながら、自分がここまでの”距離感”の中で過ごしていたことを認識して殆(ほとほと)驚いた。



(俺って、まぁまぁ失礼なやつだな)


 それなりに反省しながら、周りにいる奴らの名前と顔を一致させようとする。


「そうや碧!明日おふくろの店休みやから、久々にカラオケ行こうや!みんなで!」

「あ〜明日…は。部活あんだよ、俺」

「は?碧お前部活入ったん?サッカー部?」

「いや、茶道部」


「…??!?!? は?」


「だ・か・ら! さぁどぉーうぶぅー!」


 碧は大真面目に、且つ全力で、いつもの愛されキャラになるように口を尖らせて答えてみた。


 一瞬しんとなったのも束の間、寺崎の一声で静寂は引き裂かれた。

「いやいやいや、お前冗談きついて!! 碧が茶道部?! そんなギャグおもろないて!」

「あ、それなにか? 帰宅部やとあかんから、籍置いとくだけのやつ?それやったら、俺と同じマンケン(漫画研究部)にしいな〜。

 マンガ読み放題やし〜ゲームできるし〜居ても居なくても誰も気にしいひん」


「いや、マジ。俺、茶道やーんの! カッケェだろ?」


 寺崎の茶化す言葉に、再び真顔で答えた。


「ほんまに?!なんで急に茶道なん! あ、可愛い子がおるとか?あ、それとも先輩が美人なん?」


「ちげぇって。俺が茶を点てられるようになったら、お前も飲みにこいよな」


 二限が始まるチャイムが鳴った。


 そこから放課後まで、寺崎も周りのヤツも特にその話題について質問してくることはなかった。

 その日は最後の五限目のチャイムがなるのと同時に、さっさと教室を出て校舎を後にした。


 * * *


 次の日。四月の最終週の水曜日は、連休前の最後の登校日である。


 京絹(きょうけん)学院の高等部では昭和の日からこどもの日まで、中日(なかび)の平日も休校にして大型連休期間としている。

 学校中が連休前のソワソワとした雰囲気に溢れている…と思いきや、ほとんどの生徒は連休中になにかしらの部活動や合宿が入っているらしく、旅行の計画などを話す生徒はまばらであった。

 寺崎たちは今日のカラオケのことや最近発売されたゲームの話をしている。

 俺も一応輪の中に入っているが、何一つ話の内容が耳に入ってこなかった。


(もう、4月も終わりか…。光瑠と再会してから今日まであっという間だったな)


(そういえば…茶道部は連休中は何か部活動があるのかな)


 そう思いながら放課後を迎えた。

 足早に茶道部の部室がある旧校舎へ向かった。


(我ながら、一昨日の自分と、今こうして何かを待ち遠しくしながら過ごしていた自分が同一人物とは思えねぇな…)


「失礼します」

 そう言いながら開けた襖はするりと軽かった。


「あれ…」


 再び、誰もいない和室が目の前にあった。


「今日って…部活ある日だよな?」

 一昨日、「また水曜日に」と言って光瑠と雪乃と別れたはずだった。


(もう少ししたら、みんな来るのかな…)


 ほとんど音もなくスライドされた襖が閉まると、大人たちや他の奴らに隠れて秘密基地に来たみたいで、ワクワクした。

 その誰もいない和室に入ると、床とは違う畳の柔らかさと、ひんやりとした呼吸が足裏から伝わってきて、思わず大きく息を吸い込んだ。


 まじまじと見ると、文化財として登録されている旧校舎の中でも第二棟は特に数寄屋造りの意匠がそこかしこに散りばめられている。さらにこの茶道部の和室だけは南側に小さな縁側が備わっている。三階にあるのにも関わらず縁側と呼ばれるのは、傾斜地に建てられた地形をうまく活かし、第一棟にある庭園が同じ高さで望める仕掛けが施されて第一棟の外廊下へと続いているからである。

 縁側から差した柔らかな午後の光が欄間(らんま)の透かし彫りを通して畳を植物の模様に染めている。



(そういえば…)


 昨日学校の帰りに立ち寄った本屋で茶道に関する本を見つけ、パラパラと数枚立ち読みした。流派によって違うらしいが、”畳は〇〇歩で歩く”という決まりがあるらしかった。



(畳の、この縁から? 一歩、二歩…)


 そこでハッと背後からの視線に気づいた。

 振り返ると、目元を膨らませたニヤケ顔の光瑠が襖を半開きにさせて覗いていた。


「うおっ!光瑠!来たんなら声かけろよ!」

(はっず〜。今俺の行動、絶対見られてたよな…)


 光瑠は相変わらず音にならない口笛をひゅう〜と吹きながら両手を頭の後ろに回し、俺を横目で眺めるようにしながら入ってきた。


「はえぇじゃん、碧。一番乗りだなぁ。関心関心!」

 光瑠は今の俺の行動になにか一言添えたそうだったが、それ以上言及しない代わりに嬉しそうにそう言った。


「おっつかれ〜!光瑠くん、碧くん!もう来てたん!やる気満々やな!」


 いつものテンションで雪乃がひょこっと現れてぴょんぴょんと跳ねるように入ってきた。

 続いて、千歳と銀次郎も登場した。


 千歳は上品な笑顔と声でふわっと入り口で膝を落とし、深々と頭を下げてこういった。

「改めてようこそ茶道部へ。部長の廻谷(めぐりや) 千歳といいます。これからよろしゅうね」

 その姿は、フジ先生と変わらないくらいに凛としているように思えた。

 家業は京の老舗呉服店「伊勢谷(いせや)」だと雪から前に聞いていた。


「副部長の松葉(まつば) 銀次郎や。改めてよろしゅうな。うちは実家が『松葉屋』ゆう料亭やっててん。来てくれたらいっつも腹いっぱい食わしたるで!あ、碧って、呼び捨てでええやんな?」

 銀次郎も歴史ある家業の後取りらしいが、気品で型どられたような千歳と違いカラッとした性格が兄のいない碧にとって親しみやすさがあった。


「はい!今日から、よろしくお願いします! 碧って呼んでください!」

 自分が少しにやけ顔になっているのを隠すように、しかっと頭を下げてお辞儀をした。


 ── ここが、これからの俺の居場所。


 そう思うと胸の奥のあたりがすこしだけくすぐったかったのだ。


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