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第二十一服 ちょっとした遊び

「ところで」

と、太田が、今度は光瑠へ顔を向けた。


「光瑠くんは、窯元の息子さんやそうやね」

「あ、はい。京焼の…まだ、半人前ですけど」

照れながら光瑠は答えた。

すると太田はがいたずらっぽく返した。

「どや、ひとつ、ちょっとした遊びをしてみまへんか」


「雪乃、わたしのお気に入りのアレ、持ってきてくれはる?」


 雪乃が、奥から桐の箱を運んできた。中から現れたのはひとつのやけに古そうな茶碗だった。


「光瑠くん。この茶碗の作者を当てられたら――これ、もろて帰ってもろて、かまへん」

「ええっ!?」

 雪乃は声をあげて言った

「叔父さん、ええの? これはほんにええ品や言うて、よう使うてはるのに」


 碧も息をのんだ。素人目にもただの茶碗でないことが伝わってくる。


太田は試すような眼差しでチラッと光瑠を見やった。


「は…拝見、します」

 光瑠の顔からいつものヘラヘラ顔がすっと消えた。そして両手で恭しくそれを受け取った。


光瑠は重さをはかるように茶碗をゆっくりと回した。指で高台をなぞり削り具合を確かめる。底をこつと爪で弾いてその響きを聴いた。じっとその茶碗の声を引き出すように、(ため)(すが)めつ対峙した。


 ──その様子は焼き物の家に生まれた子の、いや、もはや立派な職人の目と手つきに見えた。


「鉄分が多くてざらっとした粗い土。高台のこのごつごつした削り。それに、この貫入(かんにゅう)と枇杷色をした釉薬のちぢれ方…」


 その場にいた者の誰もが固唾をのんで見守った。茶室にしんと静けさが満ちる。


「たぶん…これは肥前の土だ。やっぱり唐津だ。それも、だいぶ古い」



 光瑠は、誰にともなくつぶやいた。


「唐津は土の力で見せるんだ。素朴だけど素材の強さを悠々と湛えたている。」

ごくりと唾を飲み込んだ。

古唐津(こがらつ)かな。だとしたら…桃山」


 光瑠は、ぐっと茶碗を見据えた。


「俺の知ってる中でなら…――中山一斎衛門窯(なかやま いっさいえもんがま)じゃないか、と思います。これだけ古いものがもし現存しているとするなら……その祖、初代・中山然七(ぜんしち)……でしょうか。慶長以降…徳川家康が天下統一した元和に藩主への献上品として作られたもの…──すみません、自信は、ないんですけど」

 

太田の眉が、わずかに動いた。

言いきった光瑠のその横顔を碧はまじまじと見つめた。

太田が、ほうと息をついてにっこり笑った。


「正解はな」


──光瑠が息を呑む。


「“わからん”  や」

「……え?」


 光瑠が目をぱちくりさせる。

「その茶碗には、銘も、作者の名も、入ってへん。どこの誰が焼いたものか、実は、わたしも知らんのや」


「ええーっ!?」


 雪乃が声をあげた。


「叔父さん、それ、ずるいやん!」

 太田はおかしそうに笑った。

「もう四十年も前かな。寺町の小さな古道具屋の隅で見つけてな。ひと目で好きになってしもた。茶碗にも桐の箱になんの印もなくてな。店主も、唐津やと思うがようわからん言うてただ同然で譲ってくれた。──けど、わたしには、どんな名器よりええ茶碗なんや」


 太田は、碧と光瑠を、ゆっくり見た。


「茶碗の値打ちはな、名前や、値段やない。“これがええ”と、自分の心が決める。それだけのことや」


「それでもな、光瑠くん」

「作者は、確かめようがない。けど、あんたの目はほんものや。土の素性も焼きの古さも、ようそこまで読んだ。たいしたもんやで」

「……ほんとですか」


 光瑠の顔が、ぱっと輝いた。

「光瑠くん、かっこよかったで!」

 雪乃が、目をきらきらさせる。

光瑠は、照れて、頭を掻いた。


「しかし光瑠くんのいうた通り、ほんまに古唐津の名工・初代善七やったら、ええ値段ついてはるやろうねぇ」


ニヤリと右の口角を上た太田の顔は、本当はそれがなんなのか”わかっとる”顔だった。


 碧はその様子を随分と遠くの場所から見ていた。


みんな、確かな“自分のもの”を持っている。茶に向き合う理由、茶に夢中になる核のようなものを持っている。


…じゃあ、俺は?


お読みいただきありがとうございます!

本作は、茶事や工芸に関する事実をある程度忠実に表現しながらも、名前やニュアンスを変えて表記している箇所もあります。流派や解釈による違いなどもございます。

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。歴史上の人物を絡めたくだりでも、あくまでもフィクションとしてお楽しみください。m(_ _)m


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