第二服 再会
「―― 碧?」
移動教室へ向かう人混みの中で、ふいに呼び止められた。振り返ると、ひとりの少年が立っている。短い黒髪に、日に焼けた肌。穏やかでまっすぐな目。
「やっぱり碧だ。久しぶり。覚えてる? 光瑠だよ」
「……光瑠? うわ、マジか! すげえ久しぶり! 光瑠も京都引っ越してきたの?!」
小学四年のとき、父の仕事で半年だけ住んだ東京で、碧が初めて「友達」と呼べた相手が光瑠だった。
あの半年、二人でよく遊んだ。近所の空き地に秘密基地をつくって、暗くなるまで駆けまわって、ときには碧の父のカメラを勝手に持ち出しては叱られた。短い間だったけど、濃い時間だった。
「そ、俺のかーちゃんの実家がこっちで、高等部から受験して入ったんだ。まさか碧と同じ学校になるなんてな」
「ほんとだよ、びっくりした!」
「つーか光瑠、背ぇ伸びすぎだろ。一瞬わかんなかったぞ」
「碧こそ、なんか顔キラキラしてんな。モテそう」
「だろ?」
――何年も会っていなかったのに、ブランクなんて感じなかった。くしゃくしゃなくせ毛も昔のままだ。
「碧、クラスどこになった?」
「B組。光瑠は?」
「俺、D組! 近いじゃん」
「マジか。じゃあまた、いつでも会えるな」
「碧、まだ日本中回ってんの? 親父さんと」
その一言に、碧の笑顔がほんの一瞬だけ止まった。
「いや、もうしてない。俺、もう旅やめるって、親父に言ってさ。── じいちゃんちが京都にあったから親父も拠点を京都にしてくれて。まあ親父は相変わらずだけどな」
「そっか」
光瑠は深くは聞かず、すぐにまた笑った。昔から、勘のいいやつだった。
ーー母が幼くして亡くなり、フォトグラファーである碧の父は定住という概念がなく、碧は父親の仕事に着いて日本中を旅して回った。何度転校を繰り返したのかわからない。
最初は楽しかった。新しい景色や人に巡り会えること、いろんな経験ができること。
しかし新しい出会いがある裏で何度も繰り返した別れと諦め。心を打たれ、のめり込むようなコトができても、大切な友人を作っても、すぐにさよならが来る。
それが嫌で何かに本気で向き合ったり、夢中になるのをどこかでやめてしまっていた。
そして中学2年に上がってから碧は父との旅をやめたが、誰かと深い関係を築くことも、本気になる気持ちが芽生えることもなくなっていたようだった。しかしそれを深刻に考えるほど、碧は重い性分でもなかった。
「あ、そうだ碧! 部活、何に入るか決めた?!」
「いや〜、それがまだ。帰宅部かな〜なんて」
「え、まじ。じゃあさ、放課後ちょっと付き合えよ! 俺、気になってる部活あんだよ。
じゃあまた後でな〜!」
「え? 部活は入る気ないって……今言ったばっかなんだけど……って、もういないし」
言うだけ言って、光瑠は人混みの中へ駆けていってしまった。あとには、碧だけがぽつんと取り残されていた。
光瑠は昔からマイペースで、ちょっと強引なところがある。ほかの奴ら相手なら軽くかわせる会話も、光瑠のペースにはなぜかいつも振り回されてしまう。でも、それがそれほど居心地悪くないのが、自分でも不思議だった。
* * *
午後の授業中。黒板の文字をぼんやり写しながら、碧はさっきの光瑠の顔を思い出していた。あいつ、昔から、ああやって突然だったな。
小学四年の、あの町。転校してきたばかりで、まだ誰とも口をきいていなかった碧に、いちばん最初に話しかけてきたのが光瑠だった。
「なあお前、いろんなとこに住んでるんだろ? すげえな! 今度、俺らの秘密基地、案内してやるよ!」
――こっちの返事も待たずに、ぐいぐい腕を引いて。気づけば碧は、その半年、いちばん近くで笑っていた。
別れの日。
「碧、また会えるよな?」
「うーん、わかんない。父さんの仕事しだいだから」
「絶対また会おうな! 約束!」
――あのとき指切りした約束が、こんな形で偶然果たされることに、歯切れの悪い照れくささがあった。




