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第十八服 花筏

 再び、雪乃が戻ってきた。今度は蓋付きの大きな入れ物を持っていた。

「お菓子でございます」

と言い、それを碧の目の前に置いた。


雪乃に目配せされたので、蓋をとるとキラキラと水色に光るゼリー状の塊の中に、金色と桃色の花弁状のものが漂うお菓子が三つ入っていた。


「うぁわ〜綺麗だな!」


横から呑気な光瑠が覗き込んできた。



すると雪乃の表情が急にパッと明るくなり


「そやろ!これ、うちの父の店『白扇堂』(はくせんどう)ので、銘を『花筏(はないかだ)』いいます!うちのお父さんは、京菓子の形を残しながらも新しい意匠に挑んでて、めちゃええんです…!」


そこまで言って雪乃は、はっと口をつぐみ、恐る恐る上座の叔父をうかがった。

 

「…ああ。今日は、弟の店のを出してもろたよ。」

“太田はん”はニコッと笑った。

「花筏。散った桜の花びらが、川の面に集まって、いかだのように連なって流れていく、春の終わりの景色。ほんま綺麗や」

穏やかな声だっけれど、どこか寂しそうな顔をしているのを碧は不思議に思った。


お菓子の食べ方は辛うじてネット情報が頭の中の引き出しの中に残っていた。


一緒に出された懐紙(かいし)の上に一つとり、黒文字という木の枝で出来た楊枝を使って十字に切って食べる。*2


楊枝を入れると、ゼリーの中に浮いた金箔が水面に反射した光のように見え、桃色の花弁様の欠片はまさに鴨川に落ちた桜の花びらが泳いでいるように美しかった。


食べ終わった懐紙と楊枝を回収し、茶室を後にする雪乃の足運びには、半東としての役目を全うしようと大人びながらも、抑えきれていない嬉々としたリズムを絡ませており、再び茶室に現れた雪乃の表情にも、まだその余韻がぶら下がっていた。


そこから雪乃はいくつかの道具を運び入れた。

水が入っているらしい、入れ物

いくつかの道具が入った茶碗と、小さな円柱状の入れ物

最後に小さめの壺のような形の入れ物と柄杓


それを所定に位置に置くと、碧と光瑠に何かの合図をするようにそっと笑いかけた。


その雪乃が茶室を出ていくのと入れ替わりで入ってきたのは藤露透だった。


薄い緑青(ろくしょう)色に白滲みの入った着物に象牙色の帯を締め、長髪を肩甲骨の下あたりで美しく結い留めていた。


 碧は、息を呑んだ。


その目に飛び込んできたその姿は、これまでみた藤露透という人とはまるで別人のように感じた。


背筋はいつもより余計にスッと伸び、少し飄々としたようにも感じる穏やかな表情はどこにもない。

代わりにあったのは、どこか冷徹ささえ感じさせる美麗な憂いを帯びた瞳だった。普段のあの軽やかな気配は影をひそめ、近寄りがたいほどの凛烈さと張りつめた静けさがその全身から立ちのぼっていた。


 畳を踏む足は音もなく、着物の裾を払い、膝を落とす姿は花びらが水面を滑るように、重力を感じさせなかった。


透は深々と頭を下げた。

 

“太田はん”はそれをみて同じく深々と頭を下げ、こう言った。

「透くん。今年も、この日を楽しみにしておりました」




*2 本来は懐紙と黒文字の楊枝は自身で持参するのが基本


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