帰れない私
「私には、理解出来なかったよ……」
アヤは目線を落として話した。
砂塵の舞う、貧しい世界だったよ。
人の目は暗く、飢えて乾いていた……。
植物に詳しい老人がここに残ると言うのだ。
彼の妻は既に亡く、子供達は独立している。元の世界に帰るよりもこの世界の痩せ細った子供達の為に乾いた土地でも育つ作物を伝えたいと。
そうやって……一人また一人と目的や居場所を見つけて旅立って行った。
「ここにある安寧をなぜ捨てていける……みんな大事な人たちだった。一緒に居たかった。……でも、引き留める事も出来なかった」
アヤは、初めて表情を露わにした。
口早になり、眉を寄せて、寂しいんだと叫んでいるようだ。
「彼に聞いたよ……あなたもいつか出て行くのかって」
「なんて言ったんだ?」
「……私を、幸せにしたいと言っていたよ」
想像の中の色男に、舌打ちをした。
――いけすかねぇ……。
「2人になってしばらくして、案内人は私たちに幹の話をした……」
この世界の大樹の先端。可能性の終着点に着いた時に未だその世界で誰も起こしていない事を起こす。それが新たな可能性の種になり、次の大樹が産まれる。一人は幹となりその世界の礎に。残りはその世界で生まれ直す事ができる。
案内人からそう聞いたそうだ。
「私はただ……ただ彼と居たかった。彼の手をとって握ったよ。握り返してくれた……同じ気持ちでいるんだと、そう思った」
やがて終着点はやってきた。
案内人はさらに説明する。
期限は一ヶ月。それまでに新たな可能性を見せよと。
それが出来なければ。ここは潰える。
なら、最後は楽しく過ごそうと言ってくれた彼が嬉しかった。
彼は……笑って言ってくれたよ。
笑う時は、いつも照れて横を向いた……耳が赤くなっていたのをまだ覚えてる。
「最後の世界は彼の世界に似ていたから、色々教えてもらって、クタクタになるまで遊んだよ」
その時間の中で、ポツポツと語られる彼の過去。
大国に属するスパイだった彼に戸籍は無く。人殺しも拷問も行った。人を殺す事なんて何も感じなくなっていた……と。
「でも、家族みたいな人たちが出来て、私に感謝された……許されない自分に価値なんて無いと思ってたのにって……」
「スープを差し出した私が自分と同じに赤くなってるのを見て……愛おしいと思ったってな」
アヤが長く息をついた。
同じ時、同じ気持ちを持ったと知ったんだ。
例えその時間に終わりが迫っていると知っていても……幸せには変わりない。
堪えるように顔を伏せ、両手でグラスを握るアヤはいつもより幼く見えた。
「これ以上は無いと思えた……これで終わりでもいいと……」
「でも、次の朝、彼はどこにも居なかった」
彼はどこにもいない。
外の世界にも探しに出るが一向に見つからない。
もしかしたら帰ってくるかもと一人家に帰る日が続く…。
彼と行った遊園地、一緒に見た夜景……同じ場所にいるのではと1人で行ってみても彼はいない。
1人では同じ場所でもなんと味気ない。
……いや、彼がいないからさらに辛くなる。
「そうして……お前の恋人は……人を殺したのか」
絞り出した声が出た。
アヤはゆらりと顔をあげた。
悲しみを讃えた目は暖色の光の中でも影が刺した。
「ご丁寧に……案内人はその様子を窓に映してくれたよ……」
今日も探しに出ようとする私を、案内人は止めた。今は危険だと――。
そして、窓に映った。
飛行機が大きな建物にぶつかる瞬間が見えた。
そして言った。
『彼は可能性に挑み、その挑戦は成った』
『彼はあなたに新しい世界を生きて欲しかった。彼の自己犠牲は愛です。あなたに生きて欲しかったんです』
アヤの目は俺を見ない。
虚空を睨むように話し続ける。
「人殺しで汚れた自分を無価値と言った彼を、この凶行に走らせたのは自分だ……」
「受け入れられなかった……忘れるなんて、出来ない」
「私は見届けなくちゃいけない……彼がどんな世界を産むのか」
アヤは俺を見ないで、身のうちから全て吐き出すように、言った。
静まり返った室内で、ランプの灯りだけが仄かに揺れた。
――認められねぇ。
アヤは俺を見ない。
だが、俺はアヤを見据えた。
酒を一気に煽って、グラスをテーブルに戻した。
カツンッ
空気を割くように音が響いた……。




