好いた人
「……愛だぁ?」
自分が思うより、ずっと低い声が出た。
アヤがやっとこっちに目を向けた……。
こいつは気づいているだろうか、グラスを握る手の爪は白い……ずっと。
両手でグラスを握り込んだ時に、爪が食い込んだ手の甲には細い跡が今も残っている。
――お前だって、気づいてるんじゃねぇのか?
「そんなもんは愛じゃねぇ!!」
お前に気づかせる。
「自分の罪の贖罪に、お前を使っただけだ!」
だってこれは俺にしか言えない。
「……俺と、同じに」
俺は向き合うと決めた。
妹の為と、悪事を重ねた……。それを妹には言えなかった。
俺は最初っからわかってたんだ。
こんなの間違ってるって……。
そのまま妹は死んだ。
もう記憶も朧げな母親に似た妹の笑顔……。
死に際の父親に託された事……。
俺は、妹の死を受け入れられなかった。
――ユキを、逝かせてやれなかった。
だが、気付かされた。
カナエがきっかけをくれた。
ククリが背中を押した。
ヒロが……男になった。
俺は、ガキを卒業する。
弔い酒のつもりで、酒を煽った。
同じ酒なのに、苦い……が、この味を忘れる事はきっと無い。
「そん……な……そんな事は!」
アヤの揺れた視線が俺に定まらず彷徨う。
「無いならなんで一緒に居ると……一緒に行こうと言わなかった」
ハッとしたアヤの視線が俺に定まる。
『攫っちまえばいいじゃねぇか』
ヒロに言った事を思い出す。
あいつがカナエに言わなかったのはカナエの自由を尊重したからだ。
そいつのは、違う。
「お前は選ぶ事を知らなかった……なのに手をとってやらなかった」
「そいつは、お前の向こうに自分を見てたんだろ」
見下したような笑い顔は揶揄うようなそれに変わった。
怒って、慰めて、照れて、笑って……。
世界の理の側にいながら、いつのまにか同じ目線を感じた。
「今は、選べるんじゃねぇのか?」
カナエが、お前に思い出させた事。
人らしい時間の中で、俺たちに沸いた情……。
重いものを抱えてながら、お前の中には確かに人の心が生きてた。
――強い女だよ、アヤ……。
「もう一度聞くぞ、アヤ。カナエが、お前に思い出させた事は不快か?」
姉のようにカナエに笑う横顔を俺は見てた。
「俺たちは、お前にとって、なんでもないのか?」
アヤの瞳に光が集まる。目尻がほんのりと色づいていく。
「俺たちはお前を、同じ旅をする仲間だと思ってる」
俺はアヤから目を逸らさない。
「お前の根を俺は信じてる」
こんなアヤは見た事が無かった。
呆けたような顔かと思ったら、クシャッと眉を寄せて、唇を噛んだ。
ふいっと顔を逸らして、長くは見せてくれなかった。
「……騙したのかって、言ったじゃないか」
「悪かったよ……お前に否定して欲しかったんだ。お前の声で」
背けた顔からスンッと鼻をすする音がする。
「お前を愛しいと思うからだ」
アヤが鼻を赤くして振り向いた。
吹き出しそうなくらい幼い顔。
「好いた女に、花持たせてやりたかったんだよ」
今度はアヤがふっと吹き出した。
「なんだよ、そこは笑うなよ…………俺が次の案内人になる」
今度は驚いた顔……今日はいろんなアヤが見れるな。
役得ってことにしとくか。
「お前と一緒にだ、アヤ」
アヤの顔がふっと曇って、目を逸らした。
「……お前もここに囚われてしまう」
「店番に2人もいらねぇよ。俺が店番してる時はお前は世界を見に行けばいい。俺が見にいく時は、お前に店番を頼むよ」
そんな事が出来るのかはわからない。
けど、ヒロの作る世界だ。信じられる。
「俺と行こう、アヤ」
「ヒロが作った、カナエのいる世界だ……見てないと危なっかしいだろ?」
そう言って、アヤに手を伸ばした。
瞳に溢れそうなものを見せるまいと、俯いたアヤに、ほらっと手をふった。
また、スンッと鼻をすすって、アヤは顔を上げた。
暖かい光に照らされたアヤの目は笑っていた。
――ぱんっ
俺の手はアヤにはたかれた。
「簡単に落ちる女だと思わないで」
スッと立ち上がったアヤに見下ろされて、思わず間抜けな顔で見上げた。
「……でも、サチも見ていないと飲みすぎるからな……そばにいてやるよ」
そう言って、ニッ笑った。
あんまりにもいい女で笑っちまう。
「言ってくれる。だが、そう来なくっちゃな。……じゃあ、俺たちの新しい旅に」
グラスを掲げた。
「今日も飲み過ぎだ、この一杯で終わりだぞ……」
「「乾杯」」
見上げたアヤにグラスを合わせた音が響いた……。
物陰から茶器たちの祝福するような音が重なった。




