日常
「おはよう」
「あ、おはよう、ヒロさん」
いつもの食堂の朝。
澄んだ空気はすこし肌寒い。
私はエプロンをかけ、ほうれん草を茹でていた。
ヒロさんが起きてきて、慣れた様子で布巾をとってテーブルを拭いてくれている。
「もうすぐできますよー」
そう言って、湯だったほうれん草をザルにあけると、ブワッと湯気が立って暖かい。
蛇口を捻って冷水に晒した。
粗熱が取れたら絞ってまな板の上へ。
テーブルを拭き終わったヒロさんはみんなの席に食器を並べ出す。
「おはよう」
「おはよう、お前ら相変わらず早いな」
「アヤさん、サチさん、おはよう」
「おはよう。サチ、顔色が悪いぞ。飲み過ぎか?」
ほうれん草を切って小鉢に盛り付け、醤油をさして鰹節をふった。
食器を並べ終えたヒロさんは出来た小鉢からテーブルに並べてくれる。
「んもーサチさんほどほどにしないとダメですよ」
「全くだ」
「俺の倍ほど飲んだやつがなんか言ってる……」
「はは。ほらサチ、水だぞ」
水を差し出すヒロさんを横目にお味噌汁とご飯をよそった。
どこからか、茶器さんたちがこれもお食べ、とスクランブルエッグを持ってきてくれた。
「あ!お前それ俺の水!」
「喉が渇いた」
小競り合いするアヤさんとサチさんに笑いながらヒロさんと一緒にご飯とお味噌汁、それにスクランブルエッグを並べた。
なんだかヘンテコな献立。だけど、とても美味しそう。
「その辺にして、食べましょ!」
「いただきます」
みんなの『いただきます』を聞いて、食事を始めた。
「昨日サチにプロポーズされた」
「「ぶっ」」
「わー!茶器さん布巾とって!あ!雑巾!!ダメだよ!火傷しちゃう!」
朝食の後、茶器さんたちが食後の紅茶を淹れてくれて、さぁ飲もうと言うところで……。
アヤさんの爆弾発言だ。
「違ったのか?」
「ちがわねぇよ!」
飄々としたアヤさんは澄ました顔で紅茶を飲んでいる。ヤケクソみたいなサチさんの大声もお構い無しだ。
「え、えー!そんな、ぜんぜん解らなかった……サチさんアヤさんの事好きだったんですね」
咽せて言葉の出ないヒロさんの背を撫でながら言えば、ヒロさんはますます咽せた。
「え、え、サチさん、なんて言ったの?」
「サチがな……」
「んんっ待て、アヤ、俺も聞きたい」
「よそでやれや!!」
真っ赤な顔で怒鳴るサチさんにアヤさんが揶揄うように笑う。
「ふふ……プロポーズの返事は保留だ。サチは次の案内人になると言ったんだ。私と一緒に」
イタズラ顔のアヤさんがサチさんを肘で小突けば、サチさんも観念した様子で話しだす。
「まぁ、次の案内人が必要だって気づいてな。俺はアヤと居たい……だから一緒に行こうって誘ったんだよ」
「見てないとすぐ飲み過ぎてしまうからな。……一緒に行く事にしたよ」
そう言ったアヤさんの顔は穏やかで、胸が詰まった。
「サチ……その、良かったのか?」
ヒロさんが迷うように聞く。
私も、サチさんを見た……。
アヤさんも、サチさんも……もしかしたら1番辛い役なんじゃないだろうか。
きっと、途方も無い時間を過ごす。
この時間を覚えたまま……。
「いい女と長めのハネムーンだ。最高じゃねぇか」
サチさんが歯を見せてニッと笑った。
だから保留だと、横から睨むアヤさん。
2人とも、昨日よりずっと近くて……安らいで見えた。
けど……。
「寂しくは……ないですか?」
思わず、声が出てしまった。
みんなの視線が私に集まる。
「それとも……私に気を遣ってくれたんですか?」
私が、次の世界で生まれ直す。
その背中を押すため?
思わず視線がさがって、指先を見つめた。
「自惚れてもらっては困るな」
アヤさんがスッと立ち上がった気配に顔を上げた。
「カナエ、私はいい女だ」
「ふぇ?」
びっくりして間抜けな声がでた。
アヤさんはテーブルを回り込んで私の横までやってくる。
「サチは私に惚れたんだ」
腰に手を当て、ふふんと笑って私を見下して見せた。
サチさんのほうからガタッと音がした。
ヒロさんが吹き出すのを堪えるように震えているのが伝わってくる。
「だから、気に病む必要はないよ」
アヤさんは腰を落として私と目線を合わせた。
「カナエはカナエのままいればいい」
そっと握ってくれる、アヤさんの指があったかかった。
みくびるな、バカ!だったか?
そう言って、アヤさんはニッと笑った。
その顔が、さっきのサチさんと似てて、今度こそ胸がいっぱいになった。
なんだか涙が込み上げて、アヤさんは緩く抱きしめてくれて……。
今、みんなと旅が出来た事を、嬉しく思った。
「それで……ヒロは幹になるんだろう?」
アヤさんは私を抱いていた手を解くとヒロさんを見た。
「ああ……あの後考えていて、思いついた事があるんだ」
ヒロさんは口元に笑みを残したまま、いつもの調子で話しだした。
「多分、俺たちにしかできないし、俺がやるべき方法だ」




