アヤと間の出会い
いつの間にか、茶器たちと雑巾がテーブルに大ぶりのランプを引きずってきた。
気を遣ったのか、いつものように賑やかな音はたてていなかった。
ティーポットが小さくコツンとランプを小突くと、柔らかい光が灯った。
「このランプの灯りだったな……懐かしい物を……ありがとう」
アヤが礼を言うと、茶器たちと雑巾はうなづくように少し揺れた。
その後、俺に向き直り、しばらくじっとしていたが、一礼して静かに去っていった。
アヤを頼むと、そう言われた気がした。
「お前が1人目だったのか?」
「いや、最後の1人だったようだ――」
店主に水をくれと言えば、対価をと言われ、与えられるばかりだったアヤはずいぶん憤慨したらしい。
とにかく喉が渇いていたアヤは、髪に絡まるように残っていた髪飾りを店主に投げて水を買ったそうだ。
「そうこうしていると2階から人が降りて来て……ボロボロだったからな、今思えば、ひどく心配してくれていた」
「今思えば?」
「あの頃は、尊大な子供だ……無遠慮に触れられたり、声をかけられて、暴れた」
降りて来たのは、老人に近い年配の大人たちが数人。そしてその後ろに、同年代くらいの男が一人いた。
大人たちはアヤの様子に驚いて傷を手当てしようとしたり毛布を持って来たりと大騒ぎした。だが、子供に話すような話し方も、触れる手もアヤには不遜に写ったのだろう……。
持っていた水を投げつけ、部屋の角に張り付いて、大人たちを睨みつけたんだそうだ。
「そりゃ難儀したろうな。お前、孤立しなかったのか?」
「そうなっても仕方なかったが……大切にされたよ」
アヤの目は凪いでいた。
ランプの暖かい光にグラスをかざして、揺れる影を見つめていた。
皆、成熟した大人であり、穏やかな人達だった。民俗学者の老婦人は彼女の境遇を理解して母のように寄り添ってくれた。
植物に詳しい老人と生物を教えていた紳士は、よくテーブルゲームをしながら生命の話をしてくれた。
他にも、たくさん……。
知らない物を見ればあれはきっとこう言う物だろうと教えてくれる。尊大に振る舞えば何がいけないか教えてくれる。
やりたい事ができたら導きながら協力してくれる。
過去を語るアヤの顔が柔らかく解けていく。
きっと、その時のアヤがそうだったように。
張りぼての言葉で遠ざけられていた世界が色を持ちはじめたんだ。
ほんとうに穏やかな日々が続いた…。
時おり異世界を旅し店に帰ったら旅した異世界のささやかなお土産や思い出を共有し合う。
おやすみと言って眠りおはようと言って起きて行ってきますとただいまを言い合う。
知らないのに欲しかった物がそこにはあった。
『ただいまなんて、最後に聞いたのがいつかわからない』
アヤの言葉を思い出して、酒を煽った。
――一度は手に入れてたのに、また失ったのか……。
「1番近くにいたのが彼だった……。歳が近いのもあったんだろうがな」
「……恋人か?」
「ああ、物静かな……少し暗い目をしている奴だったよ」
アヤはまた酒を煽り、注がれる酒に光が揺れた。
「いつも気がついたらそばにいた。最初は従者のつもりでいるのかと思ったが、言う事を聞くわけでも無い。次第に鬱陶しくなった」
「困ったお姫様もいたもんだな」
胸に溜まった重い物を振り払うように軽口を言った。
「全くだ。向こうからしたら、世間知らずのお守りをしてくれてたんだろうな」
いい思い出なのだろう……アヤの表情は柔らかい。
「撒いてやろうかと思ったんだ……そしたら森で迷子になってしまった」
「世話ねぇな」
「本当にな……彼に見つけてもらった。生まれて初めて怒鳴られたよ」
でも、心配したんだと――
頭を撫でられた。
これ以上無いほど、安心した。
「きっと、その時から、彼は特別だった」
「……そうかよ」
思わず、愛想の無い声が出て、慌てて煽った酒をテーブルに置けば音がなった。
アヤが見ているのが気恥ずかしい。
それで?と、先を促した。
「ふふ……まぁいい。いい女の話は最高の肴なんだろ?」
「ああ、酒がうまくてたまらねぇな」
グラスを掲げれば、アヤもそれに倣ってグラスを上げた。
「好きだと思ったのは手料理を振る舞った時だ……助けてくれたお礼にと、教えてもらって、スープを作った」
――あのスープか。
思ったが、言わなかった。
スープを差し出し、そろりと彼の顔を見たら見た事無いくらい真っ赤になって、きっと自分も同じ顔をしてるのかと思ったらどうしようもなく愛おしくなってしまった。
きっと良くあるありふれた恋の始まりなんだろうけが……私には、私の世界には絶対にあり得なかった物だった。
アヤの、穏やかだった時間。
家族のように大切にされて、恋を知った……。
きっと幸せだったはずだ。
でも、俺は終わりを知ってる。
「潮目が変わったのは枯れ果てた世界についた時だったよ」
ランプの火が、ジッと音を立てて揺れた――。




