踏み込む
「……よく回る頭だな」
アヤはため息のような声でいった。
また注がれる酒。もう一度煽る。
今度はカツンと硬い音が鳴った。
「私たちはお前たちよりも多い人数で旅をした。……何人かは旅した世界に居場所を見つけて別れて行った」
「じゃあやっぱり、招かれた側だったんだな」
「あぁ……名探偵だな」
鼻で笑って、俺を見る。
『過去には初めて空を飛んだ者が居たらしい……信じられないほど人を殺した者もいた』
――やっぱりそうか……。
「人を殺したのは……お前の、仲間か?」
「……恋人だ」
思いもしない言葉に訳のわからない汗が出て、でも悟られるのは癪だからグラスを煽った。
アヤは記憶を探るように黙った。
眉を寄せ、言葉を探しているのかグラスを手の中で弄んでいる。
「ここで出会い、お前たちより長く旅をした……その中で恋をした……笑うか?」
首を傾げて聞いてくる顔は、少し幼く見えた。
「まさか、いい女の話はなんだって最高の肴だ」
虚勢だった。
煽ったグラスが思うより高い音を立ててテーブルに戻る。……きっとバレバレだ、かっこ悪りぃ。
だが、それが良かったのかアヤは薄く笑った。
笑ったのに、酷く苦しんでいるように見えた。
曖昧な表情は美しい。
だが……
――そんな時ほどお前は腹に溜めてる。
もう知ってる。だから、今夜こそ……。
「もう旅も終わるんだろ……話しちまえよ。俺は聞いてる」
な?と、目で問えばこの美しい女は白い喉を見せて酒を煽った。
「今ならお前に酔えそうだよ」
「言ってくれる」
軽口の応酬。
一呼吸おいて、アヤの肩が下がって体から力を抜いたのがわかった。
どこか遠くを眺めて、――もういいか……と、小さく呟いた。
「最後に残ったのは私と彼の2人だけだった……彼は私に生きて欲しいと願った。新しい自分の世界で生きて欲しいとね」
アヤの形のいい爪が慈しむようにグラスをなぞる。
「ならなぜお前はここにいる?」
「忘れたくなかったからよ、彼の事」
薄い爪に力がこもって、グラスが小さく高い音を立てた。
「彼を……彼の世界を見届けたかった。だから――」
「この旅の終焉が消える事であっても、私は構わない」
吐き捨てるように言い切って、いつのまにか眉間によった皺を誤魔化すように、また酒を煽った。
「何があったんだ……?」
今夜こそ、俺はお前の声を聞く。
アヤがこちらを見た……。
触れれば切れそうなほど、美しい。
だが、目を逸らす事だけはしなかった。




