あなたの声を聞かせて
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サチは静かに扉を開けた。
4人で座るには広いダイニングテーブル。
普段4人で食卓を囲い、最近はヒロも雑談を始めたり、カナエの笑い声も増えた…賑やかに色づいていたのに今は冷え切って見える。
彩度の無い月明かりが冷たく辺りを照らしている。
「眠れないのか?」
「お互い様じゃねぇか?」
アヤだ。
月明かりに浮かび上がる白い顔は整っていて、いい女だと素直に思った。
最近はカナエにもどこか姉のように接していて、いく分か表情が和らぐ事もあった…今は角がたった鉱石みたいな面してやがる。
――腹決まった顔してんな…こっちもだけどよ。
アヤが指を鳴らせば、月明かりの届かない暗闇から琥珀色の液体が入った酒瓶とショットグラスが踊るように現れる。
ショットグラスはアヤの前に一つ対面にもう一つ。どうやらオレの席はそこらしい。
「つれねぇな。今日は隣に座らせてくれねぇのか」
軽口を叩くが、アヤの表情は変わらない。
アヤがもう一度指を鳴らせば、ショットグラスには並々と琥珀色の液体が注がれた。
何も言わず、白い指がショットグラスを掲げた。
「乾杯――お前の秘密に」
「幹が成ったなら……お前、消えるんじゃねぇのか?」
アヤの切れ長な目が、射るように俺を見つめた。
「何を言っている?」
アヤは一瞬目を伏せ酒を煽る。
音もなくテーブルに戻ったグラスにまたなみなみと琥珀色が溜まっていく。
「ん、いい酒じゃねぇか。そんな一息に呑んじゃもったいねえ」
呑んだ事の無い酒だった。鼻に抜ける豊かな芳香はオレの人生にない物だった。多分オレの世界にも。
「この程度で酔ったりしないさ。目の前の色男にも、酔いそうに無いがな」
実際、酔っていないだろう。
白い頬に色がさすこともない。
だが、流れる軽口に乗ることにした。
「安い酒の酔い方しか知らないもんでね。こんなお上品な酒では酔わないさ。今オレは世界の神秘に迫ろうとしてる。ごろつきには過ぎた大役だが可愛らしい嬢ちゃんと初めて出来たら危なっかしい友人のためさ…オレが引き受けねぇとな」
「何の話をしてる……?」
アヤの視線が、鋭さを増した。
「お前は消える。幹が成ったなら一人は次の世界で生まれ直せる。だがもう一人は次の案内役…店主になるんじゃないのか?」
「お前はそうやって残った……違うか?」
アヤのまとう空気が一段ひりついたものに変わった気がした。
――かまやしねぇ、こっちは腹括ってる。
「お前は何だ?なぜここにいる?何に縛られてる?」
「言え、俺はお前の声が聞きたい」
アヤは無言で、また酒を煽った。
テーブルに戻るグラスが、小さく音を立てた……。




