世界の幹
夜が明け、空が白み出した頃、ヒロさんと2人、食堂に降りた。
窓から漏れる光が、窓枠で区切られて帯のように部屋を照らしている。
光の届かない部分に夜がまだ残ってるみたいだ。
光と影の間で、サチさんはテーブルについていた。
「ひでぇ面してんな」
一晩中泣いた顔はきっとひどい事になってる……鏡を見るのが怖い。
「これはいいんです……いくら泣いたって」
「ククリみたいな事言いやがる」
そう言ってサチさんは少し笑った。
ヒロさんも、ほんとだなって笑った。
……私も、少し、笑う事が出来た。
「さて、茶器。紅茶を頼む。暑いので頼むぞ……今から大事な話だ」
「なぁ?アヤ……」
サチさんが部屋の奥を振り返った。
影の中から、アヤさんは現れた……。
「あぁ……お話の時間だ……」
アヤさんの眉が僅かに歪んだ気がした。
いつもの席に座った。
けれど、アヤさんはサチさんの隣には座らなかった。
立ったまま、私たちの目を静かに見ていた。
「目的とは、なんだ?」
紅茶が行き渡った頃、ヒロさんが静かな声で聞いた。
「あの嬢ちゃんは俺たちが何も知らねぇと言った……俺たちは何を知らない?」
サチさんも、決して声を荒げない。
「アヤさん、教えて……私たちの、必要と必然」
聞かないと、いけない。
……辛くても。
「お前たちは、次の世界の幹の候補……」
アヤさんは呟くように話すのに、声の揺れまで耳に届くみたいだ。
「あの嬢ちゃんも言ってたな。幹ってなんだ?」
サチさんが聞く。
いつもより優しく聞こえるのは気のせいなんだろうか。
「この世界は、いわば重なる枝葉……可能性の数だけあるが、元は一本の幹から始まる」
「お前達は次の幹に選ばれた……」
「なぜ選ぶ必要がある?そのまま育ち続ければいい」
ヒロさんが目をアヤさんから離さずに言う。
「何だか、生き物みたいですね……」
「カナエの言うようなものだ。可能性は、終わる……続くために、次の世界を求める」
「終わるってんのか?……ククリたちも」
サチさんの声が強張る。
子供たちを思い出して、私も息を飲んだ。
「安心しろ……人の理で測れるほど短い時間では無い」
「ただ……同じ世界しか残らなくなっていく」
ヒロさんが身じろいで、ティーカップがカチャンと音を立てた。
ティーカップのそばに置いたヒロさんの手が、握り込まれていた。
「次の世界がきっと最後になるだろう……そこで試される」
「何をだ?」
ヒロさんの声が、芯を持ったように響いた。
「可能性を……この幹で初めての可能性を示せ」
「可能性って……何をすればいいの?」
思わず声が出た。
「なんでも……過去には初めて空を飛んだ者が居たらしい…………信じられないほど人を殺した者もいた」
アヤさんの目線が落ちて、唇を噛んでいた。
「それで……可能性を示したなら、俺たちはどうなる?」
サチさんが聞く。眉間に皺がよってるのに、眉が下がっている……。
「1人は幹として、次の世界の礎に……他の者は……次の世界で、生まれ直す」
「……失敗したら?」
サチさんの声……サチさんはまた、1番聞きにくい事を聞く。
「ここは潰える……お前たちも……種を作れなかった花が、枯れるように……」
サチさんの問いに答えるアヤさんの声に、温度は無かった……。
ただ……
不意に見たヒロさんの目が、納得したように静かに閉じていた。




