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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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帰りたい

「――っ」

彼女の呼吸が早さを増して、指先が震え始めた。

――過呼吸になってる!

慌てて隣に行こうとする私を、サチさんが手で制した。

そして、ゆっくりと彼女と視線を合わせた。


「大丈夫だ」

ゆっくり、そっと、彼女の肩に手を置くと、細かく震える肩はビクッと揺れた。

サチさんは構わず、拍を打つようにぽん、ぽん、と叩く。

「俺たちはお前を責めない。ゆっくり、……ゆっくり息をしろ」

白い顔をした彼女は、冷や汗とも、涙ともつかないもので頬を濡らしていた。


しばらくそうしていると、彼女は徐々に落ち着きを取り戻し、小さくありがとうと言った――。


「……もう、大丈夫」

サチさんは彼女が落ち着くと、ぽんと一つ肩を優しく打って、また吊り革に捕まり立ち上がった。

彼女はそう言ったけれど、顔色は少し悪かった。

「さっきは……すまなかった」

ヒロさんが謝った。

今の彼女は、さっきまでの張り詰めた物が少しだけ緩んで……ただの女の子だった。

「痛かったわ。……私も必死だったの」

ヒラヒラと見せた彼女の手首は赤くなっていて、ヒロさんが申し訳ないと苦い顔をした。


「さっきの話に戻るが、勘違いって事はないのか?縁としてはこの上ないんだろう?」

「アヤさんはそう言ってました」

ヒロさんの問いに私が答え、彼女を見た。

「……何か、決定的に違ったのか?」

サチさんの問いに彼女は大きく息を吸った。

「お母さんがね、妊娠してたの」

「めでてぇじゃねぇか」

彼女はふるふると首を振る。

「うち、お父さんもお母さんも仲悪くて、お母さん、しょっちゅう実家に帰ってた」

今度はゆっくり息を吐く。

「私が家に帰った時も、お母さんいなくて……しばらくして帰って来たら、なんか、太ったのかと思ったの」

サチさんが息を詰める気配がした。

「そしたら、検診で、女の子だって……」

サチさんの掴む吊り革がキュッと音を立てた。


「私、妹がいたらなってずっと思ってた。お父さんとお母さんが喧嘩してても、妹がいたら、きっと寂しくないのにって……こんな形で叶うなんてね」

自嘲気味に笑う彼女は、ただ痛々しかった。


「そしたら、小さい違和感が全部、証拠になったわ。友達のハマってるものとか、自販機のジュースが違うとか……お父さんとお母さんが仲良くしてるとか……気持ち悪くて、家にも居られなかった」

そう言って、彼女はがりがり頭を掻きむしった。


「お父さんも、お母さんもいる。友達も、学校も何もかもちゃんとある。……あの女の理屈で言えば、私はきっと帰れてるのよ」


誰も何も言わなかった……。


「……満足は出来なかったのか?」

ヒロさんが聞いている。


「……するわけ無いじゃない。だって――」



「私の世界じゃないのよ」



どういう事?

帰れるってアヤさんは言った……どういう事なの?


空気が止まったような沈黙に、電車が線路を走る規則的な音だけが響いた。




沈黙のまま、電車を乗り継ぎ、店のそばまで来た。

彼女は何か呟き出して、呼吸はまた少し早くなった。

「帰る……今度こそ……世界の、理なんて、知らない」

開かれた大きな目が、少し怖い。

「おい、少し落ち着いけ、また息が――」

言いかけたサチさんの声を、甲高い声が遮った。

「私は帰る!あなた達は何も知らないから……。そんなに呑気にしてられるのよ!」

彼女の手がまた私をつかんだ。

――絶対に離さない。

彼女の執念が、掴まれた腕から伝わってくるように強い。


「落ち着け!もうついてる、あそこだ」

ヒロさんが指差す。

いつもの見慣れた木戸がそこにはあった。


「……え?……嘘よ、何も見えないわ」


木戸は確かにそこにあるのに、彼女の視線は彷徨って定まらない。

いやいやと緩く首を振る彼女の頬に涙が伝った。


彼女は私の腕を掴んだまま、座り込む。


「まずい、日が傾きだしてる……。カナエ、今何時だ?」

サチさんに言われて、ハッとして腕時計を見る。


――もう時間がない。


私の様子を察した2人の空気が変わった。

サチさんが木戸を開けて、体を挟む。

ヒロさんが私の腕をとった。


「行かないと、カナエ!留まってしまう」


「連れてって!」

彼女の声が響いた。


「嫌よ!お願い!連れてって……帰りたいのよ!」

涙でくしゃくしゃになった彼女が、腕に縋り付いてくる。


小さくヒロさんの歯軋りが聞こえた。


次の瞬間には強く腕を引かれ、彼女の手が離れた。

そのまま店の中にいれられ、サチさんが木戸を閉めた。

窓から、呆然としている彼女が見える。


彼女が、焦点の合わない目で、呟くのが不思議と鮮明に聞こえた……。



「私は帰りたかっただけよ……」





「世界の幹なんて……私は望んでなかった……」



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