晩酌
「ワインってこんな味だったんですね〜」
――やっちまった……。
夕飯の後、持ち帰ったワインをみんなで飲もうと言い出したのはアヤだった。
カナエだけ飲まないのも酷だからと……。
ほんの少しだけ与えたのだが。
「なんだかふわふわします〜」
この有様だ。
「ほんとに弱いんだな……これは成人しても飲まない方が良さそうだ」
ヒロが笑いを堪えながら言う。
「全くだ。これはいかん」
カナエはふわふわと笑っていたかと思ったら、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
――起きたらよく言っとかねぇと。酒はダメ。絶対にだ。
「部屋まで連れていくよ。俺はそのまま寝るから、二人はゆっくりしててくれ」
ヒロは言葉だけ聞けば意味深な事を言う。
だが、なんの色も感じない。
本当に、その辺り天然というか、無垢というか……。
「お前こそちゃんと自分の部屋で寝ろよ」
「ん?当たり前だが?」
ほらこれだ。
何を言われたかわからない顔でヒロはカナエを抱えて出ていった。
「保護者は気苦労が絶えなかったんじゃないか?」
アヤが言う。
「言うなよ……苦労したんだ」
飲み直すか……。
どちらからともなく、晩酌が始まった。
「流石に寂しかったんじゃねぇか?」
サチが、窓辺を指差した。
カナエがみんなの集まるところに置こうと持って来たネコの人形が窓辺に並んでいる。
鍋の時の席がいつのまにか固定になって、サチとアヤは並んで座っていた。
夜の灯りの中で、アヤが形のいい眉をそっと顰めるのがよく見えた。
「……なんとでも言え」
「ははっずいぶんと人らしくなったもんだな」
アヤはワインをグラスに残して眺めながら、指先を一つ動かして新しい酒を出した。
サチにも。
新しい酒の入ったグラスをアヤが少し上げれば、倣ったようにサチも上げて音のない乾杯。
「カナエが心配だったか?」
仕切り直して聞けば、アヤは酒を揺らしながら思案気に瞳が揺れた。
「……久しぶりだったんだ」
「あ?」
「人らしい時間だ。……ただいまなんて、最後に聞いたのがいつかわからない」
「ムクタがここからいなくなってどれくらい経つ?」
「さぁな……ここでの時間の流れは曖昧だ」
人らしい関わりの無い時間の味気なさは、あの入江を思い出せば酷く侘しく思えた。
「誰かいたところで……私は……」
アヤは言いかけたが、眉を寄せて黙った。
「カナエが思い出させた。寂しさも……お前達の決断の重さも」
しばらくの沈黙の後、こぼすように呟く。
「だから、せめて……少しでもいいものになるように祈っている」
祈るように目を伏せたアヤは細い肩が震えているように見えた。
「嫌だったか?」
――もう、逃げないと決めた。
「なん……?」
「カナエが思い出させたものは、不快か?」
――向き合う。
いい男が育つのを見て、背筋が伸びた。
ガキは卒業すると決めたんだ。
「お前が人らしくなるのが、俺は好きだ」
――逃げねぇ。
「お前が何を抱えてるのか、まだ聞かねぇが……お前の根は信用してる」
「いつかちゃんと聞かせてくれや。……今は、俺の成長に乾杯してくれ」
グラスを差し出せば、目を見開いたアヤが困ったようにくっと笑った。
いつもより幼く見える表情に安心して、たわいもない会話で晩酌を続けた。
ムクタのワインが静かに二人を見つめていた。




