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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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夜の街へ

昼下がり、今日も私は屋上で銀河を眺めていた。

空は青いのに、星屑だけがほのかに流れている。


「カナエ、今日も星を見ていたのか?」

ヒロさんが茶器さん達をトレーに乗せてやってきた。

お茶の時間だ。

「今日はサチさんは?」

「雑巾を洗うと言っていた。ついに捕まえたらしい」

「ふふっ。雑巾も逃げるの楽しんでたみたいなのに残念」


入江の世界から帰って来て、この場所でぼんやりする事が増えた。

サチさんは久しぶりに会った雑巾が汚れていて、洗ってやると言っていた。

けれど、久しぶりに構ってもらえた雑巾が嬉しがって――日を跨いだ鬼ごっこになった。

今日ついに捕まったようだけど。


「いつもノートに何か書いていたのに、最近はご無沙汰だな。何書いてたんだ?」

「秘密!女の子の秘密は魅力だから」


サチさんが雑巾にかまっている間に、ヒロさんと過ごす時間は増えた。

ヒロさんは言葉が少ないけれど、それが嫌じゃなかった。

お互い、入江の世界で感じた事をゆっくり受け止める時間が必要だったのかもしれない。

いつのまにか、敬語も使わなくなっていた。


「アヤが夕方には次の異世界に着くと言っていた」

「夕方から?初めてだな……」


茶器さんの紅茶の香りが漂った。

今日はなんだか少し大人味だ。





「刻限は明日の10時。羽目を外しすぎないようにな」


なんの事?と思ったけれど、木戸を出て納得した。

ネオンが光って、夜の匂いを色濃くしながら目が眩むほど眩しい――。

歓楽街だ。


両側のビルは隙間無く立ち並び、縦長の看板や巨大な広告が、赤・青・黄・紫……と雑多な色を競うように光っている。


通りには人が溢れ、皆どこかのパーティーに行くのかと思うほど着飾っている。

棒立ちになった自分の隣を熱帯魚の様に着飾った女の人が追い越して行く。

濃い香水の匂いに酔ってしまいそうだ。


不意に肩に何かがかかって振り向くと、ヒロさんが着ていたジャケットを脱いで着せてくれていた。

ジャケットは黒、インナーもパンツも黒一緒だけれど、体格のいいヒロさんには華があった。

ケバケバしいネオンの中で浮き立って見える。


「……多分、着ていた方がいい」

そう言いながら乱れた髪を指先で整えてくれる。

手の動きが綺麗で、なんだか自分がお姫様になったみたいだ。


「え?……うわ!」

自分を見下ろすと、細い肩ひものスリップドレスを着ていた。

若草色のドレスは前が膝が出るほど短く後ろが長い。歩けばヒラヒラ揺れてかわいいんだろう……。

けれど、すっきりした胸元は凹凸の少ない自分の体では着こなし様もなく、不釣り合いだ。

ヒロさんのジャケットがありがたい。



「お嬢ちゃんにはまだ早いな」

サチさんは軽口を叩くけれど、私を背に庇ってくれている。

白いTシャツにジャケットをはおり、キレイめのスニーカーを合わせたサチさんはなかなかおしゃれだ。

ヒロさんとはまた違った華があった。

雑にまくったジャケットの袖も、なんだかはまっている。


こういう場所は元の世界でももちろん行った事は無いし、サチさんと出会った世界では怖い思いもした……。


でも今は頼れる2人がいる。


「みんなで一緒なら、平気です!」

そう言って歩き出そうとして、転びかけた。

履いていたのは黒のエナメルにゴールドのヒールがついた華奢なパンプスだ。

もちろんヒールなんて履いた事はない。


クッと笑ったヒロさんが肘を差し出した。

「お手をどうぞ、お嬢さん」

あまりにスマートな仕草にドキドキしながら、ヒロさんの肘を借りた。


サチさんが囃すように口笛を吹いたので耳まで赤くなってる気がした。



「おや!ナイトが2人とは贅沢なお姫様だ!」

見るからに軽薄そうな男が声をかけてきた。

思わず身構えてしまうが、サチさんがスッと前に出た。

「客引きか?悪いがこっちは初心者2人連れてんだ。他あたれや」

口調は軽いが有無を言わさない圧がある。

けれど、客引きはカラカラと笑って意に介さない。

「こりゃいいナイト様だ!お姫様も安心ってもんですよ。怪しい店じゃありません。今夜は店の周年パーティーやってまして、見目のいいお客さんは大歓迎です。よかったら遊びに来て下さいよ!」

そう言ってサチにチラシを渡し、ヒラヒラと手を振って夜の街に紛れて行った。


「チラシ貰ったって読めないんだがなぁ」

サチさんはチラシを眺めてため息をついた。

「行ってみればいいんじゃないか?」

ヒロさんが横からチラシを覗き込んで言う。

「え!?でも、危なくないですか?」

「俺とサチがいるし、荒事になってもなんとかなるだろう」

「それはそうだが……」


「それに、招待されたなら、行かなければ不敬だろう」



「パーティーなら、いくらか経験がある。舞踏会だろう?」


私とサチさんが固まっているうちに、ヒロさんがチラシを取って、ゆっくりと歩き出した。



私も、サチさんも、舞踏会でない事だけは想像がついていた。

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