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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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サチという男


「カナエ。お待ちかねの時間だ、おいで」

お昼を過ぎて、茶器達とお茶を楽しんでいるとアヤさんから声がかかった。


ついに……!


「新しい世界ですね。この時間から行くのは初めてだな」


どんな世界なんだろう。

この世界に私の縁はあるのかな。

あるなら、いったいどんな形をしているんだろう……。


久しぶりの異世界に期待で気が急いてしまう。

小走りに店に入った。

相変わらず窓の外は見えない。

どこか煤けた……灰色の砂埃が窓に迫るように渦巻いている。


「刻限は明日の18時……では……」


アヤさんがいつもの様に木戸を指そうとして、止まった……。


「……危険だ」

言ってアヤさんは私を見つめた。


ピン、と空気が張り詰めた気がした。


アヤさんの顔をうかがう。

硬い表情に緊張が映る――。

見た事無い顔だった。

「危険?……アヤさん、心配してくれるの?」

ハッとアヤさんの顔が上がる。

自分でも言った事に驚いているようだ。

「……あ、いや……」

逡巡した様子が照れている様で、……嬉しくなってしまう。

心配が嬉しいとわかった……だけど……。

「大丈夫。気をつけて行ってくる。行ってきます」

せめて、アヤさんを心配させたりしたく無い。

「……!」

止められるより早くカナエは木戸をくぐった。



「人の情など……忘れたと思っていたんだがな……」

アヤさんの独り言は、私には聞こえなかった――。






「うわっ!」

外に出ると砂埃が風に舞って目を刺した。

思わず目を瞑り、ゆっくりと目を開ければずいぶんと寂れた街が広がっていた。

禿げ上がった山の谷を掘り開くように作られた街はゴミゴミしていて、空気が澱んで燻んでいるようだ。


目線を上げれば裸の山に無骨な櫓が組まれ深く浅く、掘り進められた穴が点在している。

教科書で見た炭鉱街のようだ……。


――私のいた時代より前みたいな雰囲気だな。


行き交う人々もどこかやさぐれた印象で垢の浮いた服を着崩している。

女性の着崩し方はどこか露骨で、目のやり場にこまった。

見たところ電線も無ければ街灯も無い。山の夕暮れは早いというから、きっとしばらくすればあたりは真っ暗になってしまうだろう。


時計を確認すると15時半――。

アヤも危険だと警告していた。


ほんの少し見て回って店に戻って、本格的に探すのは明日がいいだろう。

自分の中で予定を立てながら歩き出した。


なるべく大通りをそれないように慎重に進む。

自分の服装は彼らと変わらない侘しいものだったが、旅行者は目立つのか視線を感じる……。

どこか暗い視線の圧が逃げ場を探してしまう。


ふと賑やかな笑い声が聞こえて顔を上げると少し先にランプに飾られた建物が見える。

文字は相変わらず読めないが両開きの扉が開いている様だ。

何かのお店なんだろうか?

今日はここを見て店に帰ろう。



店の前に来る。

様子を伺おうと見れば、不揃いのテーブルや椅子にいつから飲んでるんだろうと思う様なくたびれた男の人がたむろしていた。


居酒屋みたいな感じ?

これはいけないかも……。


そう思って酒屋の前を引き返そうとしたがすでに遅かった。



「おーぅ見ねぇ顔の姉ちゃんじゃないか、ほらこっちに来て座りな。俺が奢ってやるよ」


大きな男の人が立ち上がる。

シャツは着崩していて、ズボンはサスペンダーで釣っているがそれが無ければ止まらなそうな大きなお腹を揺らしている。

首も腕も太い――太っているというより筋肉が質量を持っている感じだ……。

危険が無いよう大通りを歩いていた。夕暮れは始まっているがまだ人通りもある。開けた店内は大通りからも丸見えだ――全部油断になった。

「お!こりゃ上玉じゃねぇか!白いし若い!……いいねぇ……こっちに来い。酌をしろ」

男が太い指でカナエの腕を掴んだ。瞬間、皮膚が泡立つ。

「やめてください!もう帰るんです!」

こういう危険か!

自分の想像力の無さが恨めしい。

声を上げながらもどうすればいいのかわからない。

身を捻って逃げようとしても男の腕は岩のように動かない。

「かわいいじゃあねえか!今日はいい夜になりそうだ」

男が上機嫌にわらい、周りが下卑た笑い声で囃し立てる。

怖い、どうしよう!

掴まれた腕から、笑い声を聞く耳から、血の気が引くようだ……なのに、無様に抵抗する事しかできない。



「嫌がってるじゃねぇか……その辺にしとけ」


酒店の奥からここにいる人達より幾分か子綺麗な男の人がやって来る。


「なんだぁサチ、これから楽しいところだろうが。邪魔すんじゃねぇよ」

「いっ!」

ギリっと音がなりそうなほど腕を掴んで男が凄む。

「乳くせえガキじゃねぇか。あんたこんなのが好みだったのか」

サチと呼ばれた男の人がチラリと私を見下した。

目があった瞬間、小さく、舌打ちが聞こえた。

「わかってねぇなぁサチ。見てみろずいぶん白い肌してらぁ」

大男が顎を掴んで顔に寄せる。酒臭い息がかかって吐き気がする。

「この街の女はどれもスレてて汚ねぇがこいつは上玉だ。……うまそうじゃねぇか」

言って、酒臭い大男の舌が頬を這った。

目の前がチカチカするほどの嫌悪感で体から体温が抜けた。

「……ならこれでその女俺が買う」

言うと、男はジャケットのうちから硬い音のする小袋を出してテーブルに放った。

「奥の賭場で盛大に勝ったんでな……今日は俺に花持たせてくれや。あんたらはそれで好きなだけ飲むといい」

大男が小袋を見てあっけに取られている隙に、彼は私の手を取って素早く酒店を出た――。



男に腕を引かれ、早足で酒店を離れた。

しばらく進んで脇道にそれた。

薄暗い路地に恐怖がぶり返して喉が引き攣る。

ダンッと壁に背中が叩きつけられる。

「バカやろうが!!」

サチと呼ばれた彼が怒鳴る

「女が、それもあんたみてぇな若いのが一人でフラフラしてりゃあ春売ってんだと思うだろうよ!嫌がったって商売のうちだって気にもしねぇ。もうちょっと慎重になるんだな!」

春?商売……売春だと思われたって事……?

さっき大通りで見た女の人達がよぎる。

途端に顔が熱くなる。

嫌がられたって商売のうち……。

ほんとうに危なかったんだと思うと今度は血の気が引く。

気持ちの乱高下に追いつかない体がたたらをふんだ。

「っおっと。全く。わかったんならいい」

彼は咄嗟に私の体を支えた。びくともしないくらい力強かったが、あの大男とは比べものにならないくらい優しいものだった。

「……ちっ……似てんな」

小さな舌打ちが聞こえた気がした。

「この裏道は短い。まっすぐ行けば広い通りに出る。しばらく行けばさっきの大通りと合流する。宿なりなんなり……今日はもう帰れ」

一息に言い切って彼は歩き去ってしまった。


「……ユキと似た面しやがって……金で黙らせるのが1番早えが……おかげで今日の上がりはパァだな……」

サチの独り言は埃臭い空気に混じって消えた……。





店まで走って帰ってきた。

ほとんど転がり込むように店に入って、木戸を乱暴に閉めて……鍵を掛けたくて、でも見当たらなくて震える手で鍵を探して、無くて――。

「カナエ……」

彷徨う手をアヤさんがそっと握った。


「……怖いめにあったのか?」

アヤさんの言葉が、さっきまでの嫌悪感を思い起こさせてどっと涙が溢れた。

それすらも負けたみたいで悔しくて乱暴に拭う。

「カナエ!落ち着け、傷がついてしまう」

引っ掛けた爪が頬に痛い。熱を感じて血が出ているかと思うがむしろ好都合だ。


あんな舌の這った肌なんてむしり取ってしまいたい!


もはや半狂乱になって頬を掻きむしり泣く――。


アヤさんがすっと息を吸うのが聞こえた。


そして、吠えるように声を上げた。


「カナエ!!」


それが号令のように食堂から派手な音を立てて茶器達がやって来た。


「カナエ、安心おし。ここは店だ。おかえり。ちゃんと帰って来た。私もいる。茶器達だって心配しているよ」


茶器が心配したようにカナエに近づく……。

座り込んだ私のそばに砂糖もミルクもそれはそれはたくさん入れた紅茶を差し出してくる。


あったかい湯気と柔らかい紅茶の香りを感じる。

血のついた手がそっと下がった。

アヤさんがその手を取ってティーカップを持たせてくれた。


「ゆっくりお飲み……」


お茶の暖かさにやっと少しホッとして、また涙が溢れ出す。


「ア、アヤさん、ごめんなさい……危ないって教えてくれたのに」

しゃくり上げながら話すのをアヤさんは静かに聞いている。

「心配っ……してくれて、嬉しかったけど……大丈夫って……安心して……心配しなくていいって思って欲しかったのにっ」


アヤさんは目を伏せて、言った。


「心配することは……私の勝手だ。だから無茶をするのもお前の勝手だろう」


「……え?」

アヤさんと目線が合わない。

途端に心細くなってアヤを見つめる


「だが……無茶をして、傷ついて帰って来たなら。慰めるのも……私の勝手だろう?」


アヤは少し迷うように私を見た。

心配そうな顔が一瞬見えて、目に手のひらをかざされた。


「……もうお眠り」

アヤさんの手は緊張したように冷たかった……でも今はそれが心地よくて……カナエはそのまま目を閉じた。

アヤはもう一度確かめるようにカナエの瞼をなぜた。


「さて、お客様だ……」








ガチャンー。乱暴な音を立てて木戸が開いた。

何かから逃げる様に男が店に入って来た。

サチと呼ばれた男だった。


口の端は切れ、子綺麗な身なりは所々土がついている。肩で息をしながらへたり込むように窓の下に身を潜めた。

程なくざわざわとした人影が店の前を騒がした

が見失ったようにどこかに行ってしまった。


「いらっしゃい」

かけられた声にびくりと視線を向けると女が一人。カウンターの向こうで琥珀色の酒を飲んでいた。


「すまねぇ……灯りがみえたんで入らせてもらった。……あいつらは不思議と気付かなかったらしい。ありがてぇ」


月明かりの差し込む店内に女の口もとと指先だけが浮かび上がっている様だった。


「追われていたのね」

闇に溶け込むような女の声が滑る


ずいぶん雰囲気のあるいい女だ。

こんな女、この街に居ただろうか……。

――こんな女、あのごろつき共がほっておくはずもねぇのに。


シワのない黒い服。見える指先は白く細い。

薄く、形のいい唇がグラスに触れ、離れた。

真夜中に出会った白昼夢の様な女に飲まれていた。違和感が萎んでいく。


「……イカサマがバレてな……。よくある事だ。一発貰ったのはしくじったがな」


女の唇が緩く上がる。


「夜中に騒がせて悪かった。店の様だが水はあるか?」


女は黙って棚を指した。

水の入った瓶が並んでいる。


サチは瓶を一本取り、カウンターに明らかに代金より多いくしゃくしゃの紙幣を置いた。


「騒がせた詫び代には少ないが、昼間でかい買い物をしてな……今手持ちがそれだけだ。少ないが取っといてくれ」


「飲んで行かないの?」


女がグラスをゆらす


「いい女の誘いを断るのは悪いが妹が――ユキが家で待ってるんでな」


サチは窓から外を伺うと注意深く外に出ようとする。



「お待ち……」


女が呼び止めて、空気が止まった。


「もし……また困ったなら……ここへ戻るといい」


ふわりと嗅いだ事の無い酒の匂いが漂った。

白昼夢の残り香を背に感じながらサチは店を出た――。


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