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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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滞在期


「おはようアヤさん」

「おはよう」


縁を見つけた世界から、もう三日。なのに次の世界にはまだ辿り着いていない。


毎日時間を惜しむように勉強していた私には、この生活は馴染めず落ち着かなかった。


身についた学力が衰えそうで焦っていた……。

ここに来た時に勉強道具は持っていたから、せめてと机に向かうけれど……窓の外を見れば小さな銀河がこちらを覗いていたり、茶器達は休憩しようとお茶を注いできたり――身が入るものではなかった。ならば、と思い立ったのが日記だった。

ノートに異世界の様子や感じた事を英語の復習も兼ねて英文で書く、これは思いの外集中できた。

――とは言え、燻った焦りはなかなか消えてくれない。


「次の世界はいつなんでしょう?こんなに間が開くものなんですか?」


「いまにつくだろうよ……言ったろう?必要と必然だ……」


アヤさんは静かに答える。

この静けさが、また私を焦らせた。



翌朝――。


「おはようアヤさん」

「……おはよう」


今日は早起き――時間はわからないが、目が覚めると急いで身支度をして朝ごはんを作っていた。


いつもは食堂に来るとすでに朝ごはんが並べられている。茶器達のように調理器具も動き出して勝手に作っているんだろうか?

今日は早くやって来た私に茶器達は驚いてかちゃんと音をたてて固まったが調理を始めると珍しそうに寄ってきた。


お味噌汁にだし巻き卵、ほうれん草のおひたしと土鍋で炊いたご飯。


朝ごはんは家でも私が作る事が多かったから手際には自信がある。アヤさんの口に合うかはわからないけど……。

『自慢の娘ね』

お母さんはいつもそう言って褒めてくれた。


「あの……朝ごはん。作ってみたんで一緒にどうですか?」

アヤさんはびっくりしたように少し固まっていたが、ため息に似た細い息を吐いて静かに席についた。

「……いただくよ」

――余計なおせっかいだったかな。

アヤさんは黙々とご飯を食べてくれた。



さらに翌朝――。



アヤさんは食堂には来なかった。

昨日の朝ごはんはやっぱりおせっかいだったんだろうか。

――でも来ない日は今までもあったし……。

ぐるぐる考えながら店まで降りて来た。窓の外は明るいが、モヤがかかったように何も見えない。


雑多な店内をあらためて見まわすと所々ホコリが積もっていた。

――掃除でもしよう。

思い立って食堂に戻り、茶器達に箒や雑巾が無いか尋ねた。

最初は何の事?と首を傾げた茶器達も身振り手振りで説明すると、心得た!とばかりに食堂の奥に消えていき箒と雑巾を連れて来てくれた。

そう、連れて来てくれた。

箒はやる気なさそうに柄を曲げてトボトボとやってくるし雑巾は子犬のような動きで待ってましたと寄ってくる。

やる気の無い箒を掴み、雑巾を宥めながら掃除をしていると、アヤさんがやって来た。


「……おはよう、アヤさん」

「…………おはよう」


考えが纏まらなくて、アヤさんの視線がちょっと居たたまれない……。

「何もしてないの落ち着かなくて……掃除でもしようと思って……迷惑でしたか?」

いたずらが見つかった子供みたいに心細く聞いてしまう。

アヤさんは小さくため息を吐いて言う。

「……迷惑ではない。……ただ」

ガチャーン!凄い音がして驚いて振り返ると目を離した隙に雑巾が民族楽器をひっくり返したらしい。下敷きになってもだもだと暴れている。

「うわっ!大丈夫!?」

慌てて楽器を起こそうとするが重たくてとても無理そうだ。何とか少し持ち上げて雑巾を引っ張り出そうとする。

ズルッと雑巾を出した拍子に勢い良く後ろに尻餅をついた。勢いが良かったせいで後ろの棚から小瓶がバラバラと落ちて来た。

しまった!慌てて頭を庇う――。


「……!」


アヤさんが素早く腕を振った気配がした。


頭の上で小瓶の動きが止まる。

アヤさんは小瓶のうちから一つをとって私に見せる。

「これは異世界から持ち帰られたもの……。わかりやすくいえば強い酸だ」

アヤさんがもう一度腕を振れば小瓶達は元の棚に戻り、あんなに重かった楽器もふわりと姿勢を正した。

「お前が想像しないような危険な物もある……ここの掃除はいらない」


なんだかやる事なす事上手く行かない……。

勉強もそうだし、ご飯や掃除も。

……せめてちょっとは役にたちたかったのに。

身の置き場が無いような心細さと居心地の悪さで消えてしまいたくなった。

雑巾も申し訳無さそうに大人しくしている。


「……ここは間の空間。ここでの時間も必要と必然。他人のために使うものでは無い――私もお前も、勝手に過ごせばいい」


何だか突き放されたようで悲しい。

思わず俯いてしまう。


「……ただ、昨日の朝食は美味しかったよ。…………ありがとう」


え?


顔を上げるとすでにアヤさんは階段を登っていた。


アヤさん、もしかして……ありがとう言いづらくて今朝来れなかったの?




その後、箒はいつの間にかどこかへ行っていたが雑巾は申し訳無さそうにそばをうろうろと離れなかった。

しばらくすると何か思いついたように、着いて来て!と騒ぎだした。

雑巾はどんどん階段を上り、一枚のドアの前に来た。

――私の部屋より上があったんだ。

私はゆっくりとドアを開けた。隙間から雑巾が外に飛び出していく。


「あ!こら!」


慌てて追いかけて驚いた。

視線いっぱいの星空だった。オーロラに縁取られた大きな銀河がゆっくりと星を流している。

動き続ける広大な星空が前に見た波と重なっていらないものを静かに押し流していくようだ。


雑巾がいいでしょ?素敵でしょ?とぴょんぴょん跳ねている。


「ありがとう……こんな素敵な場所があったんだね。……ずっと眺めてられる」


視線を星空に戻すとさっきとはまた違う。少しづつ流れる星が見るたびに表情を変えていく。


写真でも撮れたらいいのに――そうだ。


ばっと走りだし、階段を降りて自室からノートとペンを持って戻ってきた。


英文がもどかしくて途中から母国語になった。星を見て言葉を繋いでまた星を見た……。

時間が無くなったみたいに夢中になっていた。


ふとアヤさんの言った言葉が蘇った


――他人の為に使うものではない。


必死になって勉強して時間を忘れた事は何度だってある。

……けれど、今のはぜんぜん違った。

何が違うのか、私にはまだ言葉に出来なかった。


私はまた星空を見上げて物思いに耽った。


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