双子帽子
カラリ――。
木の引き戸をあけ、店に戻ってきた。
「おかえり……おや、ずいぶんスッキリした顔をしているね」
女は初めて出会った番台の位置でカナエを出迎えた。長いキセルでタバコを吸っていたらしい。細い煙がゆっくりと波打っている。
「うん。素敵なおばあちゃんに会ったから……」
なんだかスッキリしたのは本当だった。
ゆっくり眺める景色も、汗をかくほど動くのも、たくさん泣くのも……。
全部いつぶりかもわからない。波に洗われたような凪いだ気持ちになれた。
「そういえば服、リュックも。急に変わっててびっくりした」
すっかり忘れていたけれど。服もリュックも異世界に違和感ない様に整えられてるみたいだった。
「あぁ、言っていなかったね。服装や……経済があれば貨幣も。それなりに矛盾しないように勝手に変わる。世界のことわりとはそういうもの。必要があれば必然になる……」
「必要……必然……」
思い詰めてた。焦ってた。
お母さんと勉強と……頑張ってきた事が無くなってしまうようで怖かった。
でも――。
『いい旅におし』
あの綺麗な海も神聖な巨木とお社の小島も、旅に出なければ見れなかった。
……きっと心が凪ぐ事もなかった。
この旅が私にとって必要なものなら――。
私は何を必然にするんだろう。
カン、と女が優しく灰を落とす。
ハッとして顔を上げると女と目が合う。
少し、安心したような顔をしてる気がする。
「茶器達がお待ちかねだ。夕飯を食べたら、今日は早くおやすみ……」
女はふわりと立ち上がり、去って行く。
「……あの!」
呼び止めると、まだ何かあるのか?と浅く振り返る。
「ただいま」
女は少し顎を引いて、去って行った。
微笑んでいたのかもしれなかった――。
次の日――。
木戸を出ると朝の澄んだ空気が鼻腔に届いた。
街路樹に道路、行き交う車に人の群れ。
あまりにも自分の世界と似ていて帰ってきたのかと思うが――。
秋なんだ。
高い街路樹は黄色く色づいている。
銀杏だろうか……等間隔にならんだ木々は弱い風にも葉を落としている。
自分の世界とズレている。
やっぱりここは違う世界なんだとほんの少し心細くなるけれど、振り返りはしなかった。
今日の門限は17時……。
前より少し長いが、似た物の多いこの世界は見る物が多そうだ。
「いらっ……せー」
しばらく歩いて、自分の世界と変わらないコンビニを見つけ入ってみた。
店員は品出し中でこちらも見ずに気の抜けたいらっしゃいませをよこしてくる。
ほんとに私の世界とよく似てる……。
けど――。
ホットスナックのショーケースには見ているだけでお腹がなりそうな肉まんや唐揚げの代わりに味気ない四角い茶色が並んでいる。
おにぎりやサンドイッチが並ぶあたりも似たり寄ったりで、乳白色の四角がパッケージの色違いで整然とならんでいる。
食べる事にあまり興味が無い世界なのかしら……。
似てるけど違う。全く違っていればまだ飲み込む事も出来たのに。
似ているせいで頭の中で違いを見つけては心細さが増していくようだ。
でも負けるもんか。
せっかく来た異世界だ。
なんでも経験してみようと思った。
あの女の人は私が迷った夜に帰る事だって出来ると言った。お母さんがずっと待ってるなら焦るけれど、そうじゃ無いなら話は別だ。
そう思ったら、なんだか急に心が軽くなって、不安だった違いが間違い探しみたいに楽しく思えてきた。
「……あ!」
お菓子コーナーに、見覚えのあるパッケージがあった。
色も形も、文字も――私の世界と同じ。
これだ!と思ってレジに向かった。
財布を開いたらみた事も無い紙幣と小銭に一瞬固まったけど、0の多い紙幣を出して事なきを得た。
店員はめんどくさそうだったけど……。
「そしてこれを持って来た訳か……」
女は持って来た物をつまんでフリフリと揺らしながこちらを見やる。
ワクワクして女を見てうなづく。
もしかしたら思うより早く帰れるのかもしれない。
「…これはダメね」
「え!?なんで?私の世界にもあるお菓子なのに!!」
「よくご覧」
女がお菓子の裏をこちらに見せる。
成分表示など書かれている部分には禍々しいばかりの注意喚起とドクロのマークがデカデカとプリントされていた。
「この世界では嗜好品…それも自己責任で選ぶ危険度の高い物なのだろうね。ガワは似ていても立ち位置も…多分味も違うだろうさ。縁として薄すぎる」
「そんな…」
その日、私は他にもいくつか似たものを探しては持ち帰った。
飲み物、食べ物、文房具――。
どれも似ているけれど、どこか違った。
16時30分……この世界はダメだったのかもしれない。
残り時間で見て回れるところはもう無い。
どっと体が重くなった。
銀杏並木をこえると小さな公園に出た。大きな木のほとり、ベンチに座った。
間違えて買ったお菓子は信じられないほど甘くて、思わず飲んだ水は栄養素に全振りした科学的な味がして、思わずむせた。
多分この四角い乳白色も酷い味なんだろう。
でも食べとかないと……。
ほとんど朝から何も食べずに歩き回ってお腹は減っている。
覚悟して食べたが拍子抜けするほどなんの味も食感もない。
お腹は満たされるが……これはあのお菓子が劇物になるわけだ。
妙に納得してしまう。
見つからなかったなぁ……。
凪いでいた心がさざなみだつ。
ため息と共に立ち上がりゴミをゴミ箱に放る。
がさりと狙いが外れてゴミ箱の外に落ちた。
「もう……ほんとに上手くいかない……あ、これ……」
ゴミを拾おうと落とした目線に小さな木の実を見つけた。
ざぁっと吹いた風が頬を冷やして、あの日の寒さが不意に蘇った。
『双子帽子!』
小さい頃の自分の声が聞こえた気がした。
あれは……お父さんのお葬式のあと。
火葬場でお父さんが骨になるのを待ってた時だ。
お父さんが亡くなって……お母さんはとても張り詰めてた。
悲しむ暇も無く動き回っていたけれど、夜中に息を殺して泣いてるのは知ってた。
寂しいなんて、言えなかった。
親戚と難しい話をしてるお母さんを煩わせたくて、外に出た。
下がり始めた気温が心の芯まで凍らせるみたいだった。
大きなどんぐりの木があって、一つの実に傘が二つついてる珍しいどんぐりを見つけたんだ。
お母さんを喜ばせたくて――。私はどんぐりを宝物みたいに両手で持ってお母さんに見せにいったんだっけ。
『お母さん見てみて!変わったどんぐり!双子帽子だよ』
お母さんなんて言ったんだっけ……。
そう、悲しいの隠してびっくりした顔してくれた。
『わぁ!変わったどんぐりね!……かわいい、素敵な宝物ね。……カナエ、あなたは私の宝物よ』
そうだ、私はお母さんの宝物だった。
お母さんがもう悲しい顔しないように、辛い思いしないように――お母さんが胸を張って宝物だって言える自分になろうと思ったんだ……。
木の実は赤みの強いオレンジでどんぐりとは、似ても似つかない。
見上げた木もどんぐりというより白樺に近い白い幹をしている。
……ただ、あの日と同じ一つの実に傘が二つ。
きっとこれも違う……。
でもつい懐かしくて、私は小さな双子帽子のどんぐりをポケットに入れて店に帰った……。
「おかえり」
女は変わらず店に居た。
カウンターには茶器達が女にお茶のおかわりを注いでいる。
「何も見つけられなかった。この世界には無かったみたい」
重い足取りに茶器達が静まる。
気まずい沈黙に居た堪れなくなっていた時。
「……そうでもない」
女がそう言った途端。
ポケットが温かくなった。
驚いて見るとポケットが淡く光出している。
そっと取り出すと双子帽子のどんぐりはさらに光を強くした。
「え、だって色も木も!ぜんぜん違ったのに!」
「でもお前にとって大切なところは同じ物」
女がこちらを見つめた。
「色形など、たいした問題ではないのだよ」
手のひらから光の粒になった双子帽子がゆっくりと浮かび上がり、私の胸に染み込むように溶けていった。
染み込んだ胸が温かい。
けれど、小さい頃の決意は傷に染みるように痛んで……戸惑った。
「これが縁……お前のよすが……」
女が懐かしいものに触れるように、そっと微笑んで呟いた。
日の落ち始めた室内で、その表情にほんの少し影がさして見えた。
この人にも、何か抱えているものがあるんだろうか――。
あの日の自分みたいだと思った。
だからかも知れない。
「あの……」
勇気を出して一歩踏み込んだ。
「なんだい?」
ほっておけない気持ちになった。
「お名前、聞いてもいいですか?」
あなたがどういう存在なのかまだわからないけど――。
「……」
ちょっとずつ……。
「気を悪くしたならごめんなさい!……なんて呼べばいいのかなと思って……」
不安も焦りもあるけれど……。
「……アヤ。アヤというよ」
アヤさんを知れたらいいなと思った。
「アヤさん……!アヤさん、良かったらご飯一緒に食べませんか?」
茶器達が待ってましたとばかりに跳ね出した。
「……」
出会いを、大切にしよう。
「料理は慣れてるんです!口に合うかわからないけど……」
この出会いだってきっと――。
「食べるよ……誰かと食事をとるのは久しぶりだ」
「よかった!得意料理、つくりますね」
この旅を、いいものにしよう。




