大塩の祭り
「祭りが終わった3日後が刻限なんだそうだ――」
そう言ったヒロさんは酷く辛そうな顔をしていた。
高い指笛の音に、現実に引き戻された。
今日はお祭りだ。
先程の指笛に、誰かの歌う声や打楽器を打つような音が重なっていく。
子供達はささやかに着飾り、大人達も日々の仕事を忘れて歌い、踊っている。
「カナエちゃん!」
「あ!おねーちゃんだ」
いつもの女の子とお母さんがこちらを見つけてかけて来た。
今日はお父さんも一緒だ。
娘からいつも聞いています、ありがとう。そう言うお父さんの目はあったかくてむず痒い。
女の子はお父さんに肩車をしてもらって嬉しそうだ。
「カナエちゃんが砂糖を作ってくれたから、子供達にぶどうのジュースを振る舞っているのよ。そのままだと酸っぱいけど、砂糖を混ぜると大喜びよ」
そう言ったお母さんは、はしゃぐ我が子に目を細めながら私にそっと呟いた。
「秘密の実験の成果を披露するんでしょ?もうしばらくしたらムクタ様のお話があるから、その後がいいわよ」
お母さんはなんでもお見通しだ。
パチリとウィンクした顔が可愛かった。
……お別れはもうすぐだ。いい思い出をみんなと残したいな。
「あの大男、あの子の父親だったんだなぁ」
サチが呟いた。
これまでの作業では、それぞれ分かれて働いていたし、その後の宴でも同じ作業をしていた者同士が寄り集まっていた。
今日は違う。
各々の家族同士で固まっている。
知った顔の多くなった集落で、誰と誰が夫婦で親子だったのだと初めて知った。
共同体の家族の顔が見えてくる。
なんとなく見たヒロの顔があまりに切なそうで、尻を蹴った。
「しけた面してんじゃねぇ。……別れが寂しくなったのか?」
戯れに蹴ったくらいでは揺らぎもしないでヒロは呟く。
「寂しい……そうだな。そうかもしれない」
「……お前、どうしたんだ?」
一瞬、声は震えて聞こえた気がした。
「サチ、俺は……」
その時、祭りの中心で歓声が上がった。
「これより、次の者が若い世代を導く」
大声ではない。しかし、響く声――ムクタだ。
「タタラ、ククリ、これへ……」
促された二人がムクタの前に跪く。
二人の頭にそっと手を乗せ、祈るようにムクタは言う。
「助け合い、争わず……健やかにありなさい。皆の幸せを祈っているよ」
乗せた手を撫でるように肩に落とし、二人纏めて抱きしめた。
しばらくの抱擁ののち、ムクタは二人から離れた。
「世代は渡された。皆、祝おう」
もう一度大きな歓声と拍手があがった。
「おいわいいたしますー!!」
子供達の高い声が歓声を割った。
子供達の側にはカナエが控えていて、せーの、と小さく掛け声をかけた。
掛け声に合わせて、子供達がシャボン玉を吹いた。
「おお!」
「これは、見事な」
大小のシャボン玉は陽光の中で、オーロラ色の光を反射しながら群れを作っては離れる。
やがて人々の熱気に沿うように人の輪の中央を高く飛んで行く。
見守る大人達が感嘆の吐息を漏らし、見つめた。
飛んだシャボン玉がふつりと割れても、また次が舞い上がる。
イタズラが成功した顔で笑う子供達と、同じ顔で誇るカナエ。
「なぁ、サチ……」
「なんだ」
「……やっぱり、世界は美しいと思うんだ」
ヒロの声はもう揺れていなかった。
「そう思う奴がいるから、そうなんだろうよ」
お前の成長だって充分美しいだろ――とは、柄にも無くて言えなかった。
「さぁ、みんな!歌って、踊って、飲んで!今日は朝から晩までお祭りだよ!」
子供達のシャボン玉をひとしきり楽しんだ後、ワインやジュースが振る舞われ、料理が並んだ。
集落の中央が開けられ、やぐらが組まれた。
打楽器や指笛に合わせて、子供達が大人に混じって踊っている。
カナエや、サチとヒロも、村人に手を引かれ、踊りに混じった。
汗だくになる頃に他の者と交代して、一休みしてはまた踊る。
あたりが暗くなり、やぐらに炎が灯されても、祭りは名残惜しむように続いた。
やがて、ちらほらと親の腕の中で眠る子供がではじめた。
「さぁ、祭りも大詰めだよ。若い者は岩棚へ」
ムクタさんの声は低く、海鳴りの様に響いた。




