聖域
「なっ……」
先に声を出したのはヒロだった。
「……どこか無いのか?」
揺れた目でククリに問うが、ククリは呆れた様に首をふる。
「崖は全部見た。体がでかくなって来てからも。何度も。結局どこも同じだから、あそこを掘り続けたんだ」
「そんな……」
ヒロは視線を落として項垂れた。
「待て」
サチが声を上げた。
「お前が見たのは崖の麓だけなんだな?」
「だったらなんだよ」
「あの、岩棚は見たか?」
「は?」
「俺たちが寝泊まりしてる、あの岩棚だ」
サチがククリの設計図を指して続ける。
「もしあの岩棚の石を切り出せるなら、お前が書いた図面が役にたつぞ。」
殴り書きの様なそれに、サチは子供の頭を撫でる様に指を滑らせた。
「穴掘りで出た石クズを運ぶ為に考えたんだな……これは使える」
あったかい声だった。
――ククリは、ほんの少し、熱くなる胸を感じた。
「で、どうなんだ?岩棚は見たのか?」
「……見てない」
ククリを振り返ったサチと目を合わせたくなくて、ククリは俯いて小さく答えた。
「見に行こう!」
ヒロはわずかに見えた可能性に顔色を取り戻し、家を出ていった。
「全く落ち着きがねぇな。タタラも行くぞ。坊主も来るならついてこいよ」
サチも続いて出ていく。
二人で残った家の中、沈黙が落ちた。
「ククリ……」
「なんだよ」
タタラがククリの側に寄って、囁くように問いかけた。
「お前が穴を掘り出したのは、あの夜から?」
「そうだ。お前がいい子ちゃんになったあの夜からだよ」
そう言って、ククリは家を出た。
「……自分だって、なりたくてなったわけじゃないよ」
タタラの震える声は、誰にも届かなかった。
四人で岩棚に行き、壁にかけられた織物を取り払った。
「どうだ?」
勢い込んだヒロがサチを見やる。
「……麓の地層よりはいける。岩盤が層になってるから、そこを避ければ掘れるだろ」
「良し!」
ヒロは握り拳を作って喜んだ。
「待って下さい」
丁寧に織物を畳んでいたタタラが声を上げた。
「ここは、神聖な場所です。ムクタ様の頼みなのはわかりますが……皆がなんと言うか」
タタラは言いながら織物に目線をうつした。
「……祭りでは、ここには次世代への贈り物として、供物や村で育てている植物の苗や工芸品、布や資材……あらゆる大切な物と共に僕ら若い世代とマレビトが一晩過ごして朝日を見る風習があります」
一言一言大切に……言葉を選ぶような調子だった。
「つまり、お前らが下手にいじって、崩れでもしたら取り返しがつかないんだ」
ククリも同調する。
二人、視線を合わせる事はないが、この場所の不可侵さは共通していた。
その事に――ヒロの顔から勢いが消えた。
「そうか……付き合わせてすまなかった。ありがとう」
眉を下げて微笑みながら言うヒロの顔は人好きのするよく出来た顔だった。
サチの目には、完璧で綻びの無い――作り物みたいな顔に見えた。
サチは横目にヒロを見て、そっとため息を吐いた。




