砂上の楼閣
「ヒロさん、置いて来ちゃいましたけど……大丈夫でしょうか」
店に戻って来たものの、やはり落ち着かない。
「さぁな」
サチさんが軽く言う。それがたまらなく嫌だった。
「さぁなって!サチさんはヒロさんの事なんとも思って無いんですか!?」
そんな事無いって知ってる。見てないようで、見てる人だって。
「そんな……冷たい人だなんて思わなかった」
なんでこんなにムキになるんだろう。
こんな事言いたく無いのに。
「サチさん、酷いです!」
言って、視界が潤んだ。頬に滑る感覚が恥ずかしくて、呻いて顔を覆った。
「わかった……わかったから」
頭に何か乗った感覚。いつもの、サチさんの手だ。
握り拳にした手を退けると、困ったように笑うサチさんがいた。
「お前だって、わかってる」
「あいつを信じてやれ、どう決めたって、もう間違いじゃねぇ」
そう、私がとやかく言う事じゃない。
恥ずかしい。私はこんなにも幼い……。
「もし、戻って来た時は……なんでもない顔で笑ってやれ」
サチさんが緩く抱きしめてくれた。
ごめんなさいとありがとうを溢しながら……ヒロさんを思った。
***
ヒロは一人、砂に飲まれる城門の前に佇んでいた。
触れば崩れる城門に言葉にならない感情が胸を締めて、どうしていいかわからなかった。
でも、一人で考えたかった。
サチは先を示してくれるかもしれない。
カナエは寄り添ってくれるだろう。
それではダメだと思った。
殿下の影として生きた今まで。
選んだのではない。選ばれて、抗う事など考える事もなかった。
俺はなんだ?
なぜ生きている?
ここでこの城門と共に砂になるのがお似合いだ。
だが――。
路地裏に消えた、あのネコの声が聞こえた気がした。
水平線に消える夕陽、サチのあったかい手、初めての映画、カナエの安堵した笑み、真摯な横顔……。
美しいものを知った。
もっと知りたいという欲がでた。
『自由に生きてくれ――』
殿下…………俺は……。
ヒロはゆっくりと門扉に触れた。
砂に還るそれを、見送るようにゆっくりと……見えるだけ、全て還した。
指の間から、形を砂に変えていく様にありもしない古傷が疼いた。
成長痛、だったか……。
大真面目なサチの顔を思い出して、少し笑った。
最後の一欠片を砂に還して、ヒロは黙祷するように目を閉じた。
しばらくして、踵を返して店に帰った。
振り返りはしなかった。
店に戻ると、カナエもサチも、アヤも出迎えてくれた。
「ヒロさん!」
カナエの鼻は真っ赤だ。
「カナエ、鼻が赤い。あの映画の後みたいだ」
言って笑えば、カナエも笑ってくれる。
「これは!……あの時とは意味が違います!」
あぁ、なんとなくわかるよ。
「じゃあ、教えてもらわないとな。俺はまだ、発展途上だ」
俺の感情に、きっとまだ根は無い。
「ずいぶんデケェ発展途上がいたもんだ」
サチが笑った。
でも、一人では無いなら……
「ヒロ……おかえり」
アヤはかすかに微笑んでいる。
砂上の楼閣も、いつか城になるだろう。
「今日は!お鍋にしたんで!ヒロさんも好きな物たくさん食べて下さい!」
「ああ!楽しめそうだ!」
選び取って行ける。幸せでも、そうでなくても――。




