一休み
「カナエ、入るよ」
小さなノックの後、アヤはカナエの部屋に入った。
ベッドの上のカナエは白い顔で布団を抱いて丸まっていた。
「アヤさん……!ごめんなさい、すぐ起きます」
「いいよ……寝ておいで」
モゾモゾとうごきだしたカナエをそっと制した。
「……いつもこんなにひどくないんですけど……つぅ」
アヤさんが布団越しにさすってくれている気配がする。
「ここに来てからは初めてか?」
「……そういえばそうかも……すっかり忘れてました」
アヤさんがくっと眉間に皺を寄せたような気がした。
ぽすっと何かが布団にあたって潜り込んできた。雑巾だ。布団とカナエの腹の間に潜り込み大人しくなった。
今度は茶器がやって来て紅茶を淹れてくれているが、いつもと香りが違うような気がする。
「生姜の香りだな……サチか」
どうりでいつもと香りが違う。アヤさんの手を借りながらベッドに座り、ジンジャーティーを受け取る。
「待て、蜂蜜は?」
思い出したようにアヤさんが聞くが茶器たちは何それー?と首を傾げている。
「まぁ、いいか。砂糖を多めに。……あいつもまだまだだ」
アヤさんがクスッと笑って、砂糖をたくさん淹れて渡してくれる。
「すみません、ありがとうございます」
「謝る事はない、今までよく耐えた。……しっかりおやすみ」
アヤさん撫でられ、茶器に見守られ、雑巾が寄り添ってくれる……ひどく暖かく感じて、いつのまにかまどろんでいた。
サチはゲンナリしていた。
「サチ、これは病に効くお守りなんだそうだ」
「この石は――」
ヒロは今までの佇まいが嘘のように落ち着き無く市場をウロウロしている。
「とりあえずこれを買って一度店に帰って届けて――」
おまけに、うつるものではないと言えば一つ見つけては店に戻ろうとする。
落ち着きの無い大型犬のリードを持っている気分だ。
「出たり入ったりがしてたら休まるもんも休まらねえだろ。もう少し落ち着け!」
たまりかねてそう言えば、
「そうか、…確かにその通りだ」
素直に聞いてしゅんとする。
心配する事だって初めてだろうしな…。
「そう落ち込むな。ほら、そんな危ないもんじゃ無くていい。食べやすいもの体を温めるもの…あと、綺麗とか可愛いもんもいいんじゃねえか?」
「なるほど!サチはなんでも知ってるな!恩にきる」
言って、市場に走り出した。
…元気が良すぎる。
サチは心の中で、アヤに丸投げすると決めた。
――俺はここまでだ……説明はお前に任せる。
日が傾き出した頃、サチとヒロは店に戻って来た。
「おかえり」
「は?……お前」
サチは目を丸くして驚いた。
アヤがカナエのエプロンをしている。
茶器がどっかから引っ張り出したと言っていた……。
カナエに似合う薄い若草色のシンプルな物だがアヤがつけている。
「お前、料理できたのか?」
「人に食べさせられるのは一品だけだがな」
サチがアヤに呆気に取られているうちにヒロが大荷物を下げて部屋の方へ上がって行こうとしていた。
「あ!待てバカ!……アヤ!」
「……ヒロ」
アヤがヒロの首根っこを掴んだ。
無言でサチを見る。ヒロは何が起こったかわからずもだもだしている。
「疲労困憊だ。説明は任した」
サチはそれだけ言うと荷物から果物をとって部屋へ上がって行った。
「カナエ、入るぞ」
いつもより小さなノックの後、サチさんがやって来た。
「サチさん……すいません」
「謝らなくていい。ほら、ちゃんとあったまってるか?腹を冷やすな。雑巾は?お!出来てるじゃねぇか」
雑巾は布団からちょっと出て来て、ちゃんとやったよーと手を振るようにして、また腹の方へ戻った。
「助かりました。生姜の紅茶も、サチさんなんですか?あったまりました」
「俺が作った時は生姜を湯に解いたくらいだったがな。こいつらが淹れたなら間違いねぇさ」
茶器達がサチに丸椅子を持って来た。サチは、お!悪いな。と小さく礼を言って座り、ポケットから出した果物を剥き出した。
「ヒロもひどく心配してた。動けるようになったら顔見せてやれ。今はまだダメだぞ、俺の仕事が増える」
視線は果物だが、意識は違うものを見ているようで、項垂れた。
「ふふ、なんですかそれ」
「笑うな、結構切実なんだ」
サチさんの声にはどこか軽口を言うような気やすさがあって、なんだか安心してしまう。
「ほら」
「あ!うさぎりんご」
簡単な飾り切り。
だけど、してもらった事は無かったかも。
……動けない程寝込む事も、無かったけど…。
「サチさん器用ですね!可愛い」
「嬢ちゃんが喜んだなら何よりだ」
サチさんはそう言って余った皮を食べながらそっぽを向いてしまったけど。耳が赤い。
やっぱりサチさんの照れ隠しは、ちょっとかわいい。




