黄昏の閃光
石垣に囲まれた門が静かに軋みを立てて開いた。
重く重厚な扉枠には時代の名残を感じるが、今はどこか侘しい。
男が1人、門から外へ歩きだす。
「……待て」
呼び止められた男が振り返る。
「殿下。いけません。こんな所まで護衛もつけず……」
「構うものか。どうせ見えないだけで潜んでいる」
呼び止めた男に呼ばれ、静かに膝をつき最敬礼の姿勢をとる。
「お暇乞いを申し上げます。殿下に支えられたこと、光栄でした」
「やめろ。……お前にとってどれほど酷い時間だったか。せめて、これからは自由に生きてくれ。それだけ、伝えたかった」
「……身に余るお言葉です」
男がゆっくりと顔を上げた。
「本当に……私によく似ているな」
鏡合わせの顔
「名を持たなかったな……ヒロと名乗れ。……達者で」
同じ顔の男が2人……静かに別れた。
***
「おー!こりゃすげぇな」
「サチさん」
お気に入りの場所になった屋上に、サチが大きなタライと重そうなバケツ、それから――楽しそうに石鹸を抱える雑巾を頭に乗せてやって来た。
カナエがノートとペンを置いてサチを見やる。
「ふっ……すっかり懐きましたね。ふふ」
「笑ってんじゃねぇ!こいつ布団の中まで入って来やがる。俺は決めた。こいつを真っ白にする」
言って、タライに水をはり、雑巾を放り込んだ。そこまでは雑巾も元気だったが、石鹸を擦り付けられてワシワシと洗われるとただの雑巾になったみたいだ……。
「え?死んでません?大丈夫?」
「そもそも生き物じゃねぇだろ。……安心しろ、掴んで無いと逃げそうなほど元気だ」
よく見ればサチさんの腕には血管が浮かんでいる。……相当強く握っている。
「サチさん、元気になりましたね。……ほんと良かった」
サチさんは軽口ばかりだけど、冷え切ったせいか握力はなかなか戻らなかった。
そのせいで雑巾にいいようにされていたけど……今ではすっかり戻ったようだ。
「これできっと次の世界もすぐですね」
「必要と必然……だったか……」
私たちが帰ってしばらく、次の世界にはついていない。サチさんの回復を待ってるみたいだった。アヤさんは言う――。
――必要と必然――
次の世界はどんな所なんだろう……。
「っだぁ!暴れんじゃねぇ!!」
「……今回の刻限に時計はいらない」
次の世界に着いたと呼ばれてみれば、アヤは硬い表情で木戸の向こうを見ている。
「いらない?どういう事ですか?」
「……」
アヤは目を伏せて何も語らない。
「おい。何がある?わかってるなら言えばいいだろ。――危険なのか?」
アヤさんはやはり何も言わなかった。
「っ!てめぇは!!」
サチさんが気色ばむ。
今にもつかみかかるか、というところでアヤはサチを指で指した。
「……お前がいるだろう?」
嘲笑うような声色にサチの歯軋りが響く――。
「待って!やめて!!……下さい。……サチさんも。あんなのは二度とごめんです」
「……ちっ。お前のやり方は認めてねぇからな」
サチさんは憮然として言って、木戸に向かって行った。
「サチさん!……アヤさん。今のは、私も嫌です」
アヤが片眉を上げてカナエを見る
「でも……サチさんの事、捨て駒みたいに思ってるんじゃ無い気がします」
言って、アヤはサチを追って木戸を抜けた――。
***
なんだか空気の重い街に、胸が重くなった。
舗装された道路は劣化が激しく、色とりどりではあるが、どこか褪せた街並み。
低く連なる商店の軒には看板が下がり、道端には背の高い木製の電柱がいくつも立ち並び、複雑に絡み合った電線が空を横切る。
遠くには、まだ背の低い建物が並び、屋根瓦の影が仄暗く続いていく。すえた匂いが実体を持ったような――そんな街だった。
「なんだか元々賑やかな街だったみたいですよね、外壁なんてちょっとかわいいし、お店も多いし……」
「売り物は無さそうだがな……」
道行く人は誰も彼もが傷ついた顔をしていて、なんだか違和感を感じる――。
「男がすくねぇな」
言われて気づく、それだ!
「ほんとですね……ってサチさん?」
「ん?うぉ!」
サチさんは片目を包帯で覆い、体のそこかしこに包帯が巻かれている。
目立たないようにって事?
あたりを見回す。
「戦争でもあったんじゃ無いでしょうか?」
「……確かに、男がすくねぇのも。俺がこの有様なのも納得だ。傷兵って訳か」
***
彼はふらりと店に入って来た。
「すまない、ここは店、でいいだろうか?」
整った所作だが、どこかぎこちない。
まるで「店」という場所での振る舞いを昨日習って来たような不自然さだ――。
物珍しそうに辺りを見まわしタバコの陳列を見て立ち止まった。
ずいぶん長い事見つめていた。何かを探すような、あるいは何を選べばいいのかわからないような目線がさまよった。
「知人が吸っていた物を買いたいんだが……外装がわからないんだ」
ほんの少し、迷子のように瞳が揺れた。
「どちらでも……お好きなものをお選び下さい」
言われて落胆が瞳から揺れを消した。
「……ではこれを」
彼は陳列棚から適当に一つ取り出してカウンターに紙幣を置いた。
「すまないが火を借りても?」
「どうぞ……お試しなさいませ」
女が灰皿を差し出し、マッチを擦った。
火をつけ吸い込む様子はなぞったように綺麗だった。
「……違ったな。邪魔をした」
一口だけ吸ったタバコは押しつぶされ、煙も立たなかった――。
***
サチとアヤは商店を見て回るが店内にはやはり申し訳程度の商品が並んでいるばかりでめぼしい物は無い。
そも、売る気すら無いように思う。
「戦時中ならしょうがないんでしょうか……」
「かもな。あの女の話もある。一旦戻って――」
その瞬間、世界が真っ白になった
それが閃光だと気づくより早く、腹を殴るような轟音が響き、爆風が全てを吹き飛ばした――。




