反抗期
「……いや、多いだろ」
目の前には保温容器にびっしりと入れられた料理やスープが湯気を上げている。
「……パーティーならアリじゃないですかね?」
あったかい食べ物の匂いに、じわっと視界が滲んだ。
二人で、生還できる――。
「……スープから……いこう。ゆっくりだ。急に食ったら腹に悪い……。俺もそうだが……お前もまともに食ってねぇだろ」
「ですね。おかずはしまっときましょう。せっかくみんなが持たせてくれたのに、冷めたら大変」
ゆっくりと食べ進めて、サチさんの顔にも色が戻ってくる。
「にしてもほんとに結構な量だな……」
「アヤさんが準備してたのかもしれません。アヤさん心配するのも私の勝手だって――」
言いかけて止まった。
「嬢ちゃん?急にどうした?」
サチさんが、何事かと張り詰めた声で聞いてくる。
ゆっくりと、サチさんを振り返った。
「どうしようサチさん……私、アヤさんの事、怒鳴りつけて出てきちゃいました……」
「……はぁ?」
サチさんが気の抜けた声をだした。
こっちは冷や汗が出てきた。
「だって!必死に走って帰って……サチさん一人で残ってるって言ったら……」
「言ったら?」
「……なんか納得したような顔するから……」
「……」
「見捨てて帰って来たと思われたんだと思って……みくびるなバカ!って……」
「……ぶっ」
サチさんが吹き出した。
「笑わないで下さいよ!……あぁどうしよう顔合わせづらい……」
こっちはとても笑う気分じゃない。
言いながらアウターの裾をいじって項垂れていれば、サチさんは笑いが込み上たようだ。
「いや……ぶふっ……悪いふっ……んん!」
思わず睨んでしまった。
咳払いで誤魔化して、サチさんは話し出した。
「まぁ、なんだ。多分あの女が納得してたのは俺がヒーローぶって死にたがった事だろうよ」
「それもほんとにイラッとしました」
ほんとに……あんな事、2度としないで欲しい。顔を見るのがちょっと嫌で、視線を焚き火に移した。
「すまねぇと思ってるよ……。言ったろ?……妹がいるんだ、体が弱くて寝てばかりだ……お前と重ねて見てる事、あの女気づいてたんだ。まぁ、よく見りゃ似ても似つかねえ嬢ちゃんだったがな」
視線をサチに戻す。
軽口だけど、認めてくれたような響きに少し、気持ちが緩んだ。
「俺がお前を必ず店に返すだろうと思ってたんだろ。お前をみくびった訳じゃねぇよ」
「……大きい声出した事なんて無いんですよ。
茶器さん達なんてびっくりして飛び上がってたし、雑巾はなんでか嬉しそうに走り回ってるし……」
「チャキ……ゾーキン?ペットか?まぁいい」
サチさんは少し考えるように黙り込んだ。
そして、何か決めたようにゆっくり口を開いた。
「お前、怒鳴りつけてどう思った?」
「どうって……」
「スッキリしたんじゃねぇのか?」
「……あっ――」
小さく息を吐いた。
確かに……。
思った事、ぶつけた。
相手からどう思われるかなんて考えてなかった。
「お前は間違ってねぇ。侮辱されたと……下に見られてきにいらねぇって事だ。お陰で俺は生きてる。何も恥じるこたぁねぇよ」
「……そうかもしれません」
胸の中に、じわじわ広がっていくこれはなんだろう。今まで感じた事は無い……。
名前の無い感情に、不意に自由になった気がした。
***
「……?嬢ちゃん?」
カナエはいつの間にか眠り込んでしまった。
焚き火が灯り、水晶が反射するここは暖かい。
「……頑張ったもんな……」
寝顔こそあどけないが、一晩でずいぶん表情が変わって見えた。
――頑張ったもんな。
カナエをしっかり寝袋にくるみ、自分も寝袋に入った。
「……お前の側にはまだ行けそうもねぇな……」
焚き火の光にかざした煙水晶は鈍く光っていた――。
***
翌朝、店の前まで来たら、やっぱりアヤさんと顔を合わせ辛くて、ためらってしまう。
「……あーっもう入るぞ!」
サチさんが木戸を開けて中に入ると茶器や雑巾が待ってましたと飛びついてきた。
「うわ!!なんだこれ!チャキって茶器かよ!うわっ雑巾!!顔に触るな!汚ねぇだろうが!」
サチさんが驚いて尻もちをついたのを幸いに雑巾がじゃれるように顔にすりついた。
私の目線の先にはアヤさんが静かに立っている。
「……アヤさん……」
アヤさんの顔色が見えない。
俯く……でも唇を噛み締めて一呼吸。
勢いをつけて、ばっとピースサインをだす。
「ざっ……ざまぁみなさい!サチさんも、私も無事よ!ちゃんと2人で帰ってきたんだから!!」
「ぶふっ!!」
私の帰還宣言にサチさんが吹き出す。
い、言い切っちゃった……!
勢いに乗ったまま、鼻からふんっと息を吐いてずんずん店に入っていく。
「カナエ……」
ビクッと肩が揺れた。
「よく頑張ったな……」
アヤさんはほのかに笑って、ゆっくり手招きした。
「〜アヤさん!」
アヤさんが笑ってくれて、なんだか体の芯から溶けるほど安心した。
「ただいま!」
「……ああ、おかえり……」
思わずアヤさんに抱きついた。
ホッとした。やっと、帰って来れた気がした。
「さて……」
カナエと茶器達が落ち着いたところでアヤさんが声をかける。
指先をサチさんにむけ、一振り。
ポケットが光りだす。縁だ――。
「……なるほどね」
サチさんがポケットから煙水晶を取り出す。
光は強さを増して、胸に溶けていった。
「お前の縁だ……噛み締めるといい」
「……はっ!ありがてぇこって」
「良かったですねサチさん!一つ目――え?」
サチさんが一瞬酷く苦しそうな顔をした気がした。
あれ?と思ったところで雑巾がサチさんの顔に張り付いて戯れ出した。
「う!!!馬鹿野郎!ホコリくせえ!お前漂白するほど洗ってやるからな!」
見間違いかな?
雑巾は楽しそうにサチのそばを跳ね回っている。
「雑巾なついちゃいましたね!茶器さんたちに紅茶入れてもらいましょう。入れたては格別ですよ!」
言って、私は茶器たちを連れて階段を上がっていった。
「飼い犬に初めて吠えられた気分はどうだ?」
茶器や雑巾が居なくなった店内でサチが問う。
「……悪くないな」
その口元は確かに微笑んでいた。
「……いい性格してやがる」
「……だが、まだぬるい。――まだ、幹には届かない」
「アヤさーん!サチさんも!お茶にしましょー!」
カナエの明るい声が響いた――。
アヤの独り言は誰にも聞かれる事なく、空気に溶けていった…。




