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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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スモーキークォーツ


あの後。私とサチさんを部屋に残してアヤさんはいなくなった。


「……サチだ」

「カナエ、です」

きまづい沈黙が続いた。

「腕……」

「え?」

「腕だ……奴に捻り上げられてただろ?」

サチさんはドアのそばから動かないまま尋ねる。

「……痛いです」

認めてしまうのも悔しかった。少しだけ素直になれたのは、サチさんの目に心配を感じたからだった。

「……悪い。近寄るぞ。……あざになってる。冷やしたのか?」

腕をざっと見てまた離れる。

「いえ……」

小さな舌打ちが聞こえた気がした。

「あの女……アヤだったか。冷やすもの用意するように言っといてやる。よく冷やせ、後も残らねぇ。……心配するな」

「あ!まっ……」

呼び止める間もなくサチさんは出て行った。



サチが部屋を出るとアヤがいた。

「腕にあざがある。冷やしてやれ……ほっとくと長引く」

微かにうなづき、アヤが部屋に入って行った。


――気づいてたのか?

サチは言いかけて、飲み込んだ……。




「では……刻限は三日後10時……行っておいで……」

アヤはいつものように指を振り木戸を開けた――。


木戸を抜けると冷え切った空気と眩しさに面食らう。

ゆっくりと目を開けると眩しさは雪の照り返しだった。どうやら雪山にいるらしい。

足元は硬くしまった雪と、ところどころ見える緑は地を這うような低木だ。

視線を上げれば白く大きな山が青空のアウトラインをもって佇んでいた。


「こりゃすげぇな……」

サチさんは振り返って店を見ていた。

店はいつか見たお社のように巨大な杉の木に飲まれていた。

「ほんとう……凄い」

「あの街にはこんなもん無かった……。いつも違うのか?」

「え……いえ、わからないです」

そういえば……振り返った事なかった。

サチさんがちょっと呆れたように言う。

「ちゃんと見とけ。帰る場所だ。逃げ道がちゃんと解るようにしとかねぇと……それからお互い妙な服に荷物だな。中身も確認しとくか」

……確かに。まだまだ私は足らない。



しばらく、サチさんと二人黙々と山を歩いた。視界を遮るものの無いこの場所ならば道には迷いようも無いが、そもそも道も無い。

気がつけば店の大木はずいぶん遠く、低い――。

ぼんやりと店を眺めていると、突然強い風が吹いた。あまりの勢いに立っていられなくてしゃがみ込む。

風が止むとあたりには雪が舞っていた。

真っ青な空をバックに光を反射してキラキラ光っている。

「綺麗」

思わず見つめるくらいに綺麗だった。

「……まずい、おい!急いで戻るぞ」

緊張を含んだサチさんの声が響く。

「風花だ。多分だが……時期に嵐になるぞ」




サチさんの言ったことは本当だった。

晴れ渡っていた空はみるみる暗くなり、雪が降り風が吹いて猛烈な吹雪になった。

風と雪が厚い壁のような圧を持って体に打ちつけてくる……。

もう……進めないっ。

今にも膝をつきそうになった時にサチさんが叫んだ。

「こっちだ!立て!!」

吹雪で目を開けることもできないなかサチさんが腕を引っ張ってくれた。

吹き飛ばされそうになってたどり着いたのは岩場に細く開いた洞窟だった。風は多少吹き込むが外よりはずっとましだ。

「……助かりました。サチさんよくわかりましたね」

「俺のいた街も山だからな。風花が舞った後は大体吹雪く。こんな酷かねぇが……。何にしてもおさまるまで動かねぇ方がいいだろうな」


この吹雪の中歩く事なんてとてもできないが――吹雪は次の日になってもやまなかった。


「長いな……。おい!大丈夫か!?おい!」

一晩経って、また夜になっても吹雪はやまない。

一瞬眠っていたらしい。肩を強く揺すぶられて、カナエは目を開けたが疲労は明らかだった。

「何か食べよう……。お前、喋れるか?」

サチがガサゴソとザックを漁っている。


朝、中身を確認しておいてよかった――。


中身はカナエの世界の物がほとんどで、カナエが説明しながら中身を確認したのだ。

「大丈夫……です」

「全く大丈夫じゃないやつの面だな」

ほらっとチョコレートを渡してくれるが厚い手袋では包装を解くことが出来ず、手袋を脱ごうとするが悴んだ指先は言うことを聞いてくれない。サチは何も言わずに包装を解いて握らせた。

「すみません……」

こんな足手纏い……この人にも迷惑をかけてしまった……。

サチさんの向こう――洞窟の入り口あたりからは今もごうごうと強い風の音がひびいている。

厚い防寒具と荷物にあった寝袋で体を覆っても地面に体温が吸い取られていく。


このまま帰れなかったら……死んでしまったら――。


「気にするな。……可愛らしい嬢ちゃんに何かあったら寝覚めがわりぃからな」

そう言ってサチさんはニッと笑った。完全に軽口のトーンだ。

沈み込みそうな気分だったのに、なんだか毒気を抜かれてしまう。

「……子供扱いしてます?」

そんな状況じゃないのに、寒さと眠気で子供っぽくほおを膨らませてしまう。

「おっと!こらこら怒るな。ほらちゃんと持って食べろ。これだからお子様は……」

「……やっぱり子供扱いしてます」

「子供は子供扱いされてるんだな」

サチさんは喋りながらも手を止めない。小さなコンロで温められたお湯に粉末スープをといてこちらによこした。

「ほら飲んどけ……体を冷やすな。落ち着いたら指先はなるべく動かしとけ」

不安と恐怖と罪悪感がないまぜになってスープの味はわからなかった。


暖かいものを食べると幾分かは頭も周りだし、改めてサチさんを見る。ランタンの光に横顔が浮かんで見えた。

「サチさんは大丈夫なんですか?ちゃんと食べてますか?」

「子供が大人の心配とは大物だなぁ」

サチさんがくしゃっと笑った。

「またそうやって……」

私の言葉にサチさんが軽口で返す。


「……お前は縁とやらを見つけたのか?」

いくらかのラリーを終えた頃、サチさんがポツリと聞いた。

「はい……一つだけですけど」

双子帽子のどんぐり――。

「母親が待ってるんで……早く帰らないと」

お母さんの宝物でありたい。

「親は心配だろうさ……」

「……サチさんは?」

「むちくちゃいい女が山ほど待ってる」

「もう!またそういうこと言う」

「はは!だいぶ元気になったじゃねぇか。ほら」

そう言ってサチさんがチョコレートを投げてよこす。

急に飛んできたチョコレートに反応出来ずにどこかへ落としてしまった。

「食べ物で遊んじゃだめですよ!……ちょっとランタンの光こっちに向けれますか?」

「あぁ悪い悪い………これは」

サチがランタンをカナエの向こうに向けると光を反射してキラキラと光っている。

「驚いた……これは天然の鉱脈だぞ」

よく見ると六角形の鉱石が珊瑚のように群れを作って所々に顔を出している。

壁から天井まで……至る所に。

「そこの、一つ落ちてる。拾って持ってきてみろ」

サチさんに言われて手元にあった一つを取ってサチに渡した。

「珍しいものなんですか?」

「俺が居た街じゃ滅多に出るもんじゃねぇ……ただこれは……」

水晶なのだろうが、綺麗な色をしている訳ではない。透明の中に墨を垂らして混ぜたような曇った濃淡。

「煙水晶だな。たいして価値のある石でも無い」

そう言いながらも、サチさんの目は水晶から離れない。

「……でも、かっこいい石ですね」


『見て!お兄ちゃんみたいにかっこいい石!』


サチさんの顔は影になって見えない。

煙水晶と言ったそれを少し撫でて――。

「……昔これに似てるって言われたんだよ」

吐息みたいな声で言った。


「むちゃくちゃいい女にですか?」


「〜ばか!妹だよ!」

何だか間違えたらしい……おとなはむずかしい

「いもうとさんですか〜それは帰らないといけませんねー」

「そうだな――ってお前、大丈夫か?」

きれいなすいしょう、なんだかきれいで――。

「おい!聞こえるか!?おい!!」


ゆめみたい。




「……ん、ん!?」

朝日が眩しくて目が開いた。

朝日!晴れてる!!


「サチさん!起きてください!晴れてます!帰れますよ!」

自分の方に持たれかかるようにしているサチを起こそうとしてーー気づいた。


サチさんは寝袋を着ていない。


サチさんの寝袋は広げられカナエに巻き付いていた。サチさんの奥、左側は洞窟の出口に近い。左半身にはびっしりと雪が張り付いて、凍りついていた。


ーー外から、守ってくれてた?


サチさんは食べたと言っていた。

ほんとに?

チョコの包装を開ける時に手袋をしていた?

スープを作る時も、チョコを投げる時だって――!


守られていたーー私は、ずっと。


「ん……起きたか」

モゾ……と、サチさんが起きた。

「……どうも動けそうもねぇな。気にするな、今のうちに……お前は帰れ」


外の光と、サチさんを見比べた。

唇が、真っ青だ……。

私は唇を噛み締めて、外へ走り出した。


「雪に殺されるのか……悪くねぇな」


サチさんの呟きを、私が聞く事はなかった――。




***

「…………ちさ……さ……さん、サチさん!」

悲鳴のような声と共に頬に鋭い痛みとパーンッという乾いた音が響いた。

あまりの事に俺が目を開けると泣きそうな顔のカナエがいた。

「……は?……おまえ……なんで」

そこまで聞いてカナエの目からボタっと涙が溢れた。

「私のせいで……サチさんが死んだら寝覚めが悪いでしょうが!!」

噛み付くようにカナエが叫んだ。

寝袋もザックも――全部置いて走って行ったはずなのに。カナエは大荷物だ。

「起きれますか?茶器さんたちがあったかい紅茶持たせてくれました」

背を支えながらカナエが水筒から出した紅茶を差し出してくる

「……あ?チャキ?友達か?」

「ふふ、仲良しですよ。帰ったら紹介します」

「帰る……待て、今いつだ!?間に合うのか?」

「大丈夫です、明日の10時に間に合えばいいんです。スープやパンや薪も……持てるだけ持ってきました。一晩なら楽勝です!……一緒に帰りましょう」


カナエが涙顔のまま、ニッと笑った。


――なんだ。

ぜんぜん似てねぇじゃねぇか。


「……はははっ……じゃあ今晩はパーティーだな。……嬢ちゃん、カナエ、助かった」

「………これで、子供扱いは無しですからね!」

「こだわるところがまだガキなんだよ」


夕暮れの中、軽口のラリーが心地よく続いた――。


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