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蝉彼女  作者: 霜月叶手
九月一日
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34/37

最終話 終わりと始まり

本編完結となります。しかしおまけがあと二話ありますのでもう少しお付き合いいただけたら幸いです。

「聖ー!起きなさーい!朝ごはんできてるわよー!」


今日は九月一日。昨日で夏休みは終わったので今日は始業式。


「あぁ、すぐ行くよ。」


課題は済ませた。やりたかったこともだいたいやった。蝉の鳴く林を駆け回り、輝く太陽に見守られ、煌めく海を眺めつつ、この一夏を謳歌した。


しかしなんだこの虚無感は?


まったくもって心が満たされている気がしない。底に穴の空いたコップに水を注いでいくような感じだ。いっそのこと夏休みが終わらなければまた満たされた日が来たのだろうか?


「...連絡先くらい聞いとけば良かった。」


朝飯の納豆をかき混ぜながら呟いた。

あの日から連絡は一切取り合っていない。時雨の手術が成功したのか、はたまた失敗したのかすらも今の俺には知る由もない。ただ、成功したのなら会いに来てくれたっていいんじゃないのかとも思った。積もる不安を適当な言い訳で誤魔化しながら待っていたら夏休みが終わっていた。


「それじゃ行ってきます。」

「気をつけてね!」


気づけば夏もすぐに終わってしまうだろう。まだまだ残暑は厳しいがそんなのもあと少しの辛抱だ。ここ数日気にしてもいなかった蝉の鳴き声もボリュームを失っている気がする。道端には奴らの死骸もよく目にするようになった。


受け入れろよ、現実を。どこからか声がする


「...くそっ!」


勢いよくそれをまたいで学校への足を早めた。くだらない想像ばかりが頭を支配して行く。俺がどれだけそんなことはないと叫んだところでそれの出どころもまた俺自身。拭えない不安は増すばかりで遣る瀬無い。


「なーんてな。くだらない、確かにくだらない想像だ。不安になるなんてのは当たり前だけど待ってるしかできないんだし仕方ないよな。」


また会えるさ。だって約束したからな、またデートしてくれるって。その約束のおかげでまた今日も乗り越えられる。嫌な想像だってするけれど君との約束があるから希望だって失くさずにいられる。


「なぁ!聖!聞いてんのか!」

「あぁ、悪りぃまったく聞いてなかった。」

「だから課題は全部やってんのかって言ってんの!」

「もちろん全部終わってはいるが...。」


昔から見た目に似合わず割と真面目な方だった。勉強は好きではなかったが別段不得意でもなかった。自分の時間が奪われるのが酷く嫌いだったから、やらなかったからといって目くじら立て怒る教師を理解も出来なかったから漠然とこなしていただけだ。


「写させて!」

「アイス。」

「奢らせていただきます!」


それに自分だって全て一人でやったわけではない。時折あの日々が夢だったなんて思わなくもないがやっぱりあれは現実だ。俺が単にあの日々を忘れず、信じて、大切にしているということだけではない。登場人物の心情を記述する欄は到底俺には考え至る事が出来ない模範解答となんら遜色がない答えで埋められているから。


待ってるから。ずっと待ってるから。例えば夏が終わって枯葉積もる秋になろうとも、雪の降る冬が来ようとも、桜舞う春になっても、そしてまた夏が来たとしても。


「おーいお前ら早く席につけ。」

「やべっ!先生だ!また後でな聖!」


ただ、やっぱり待つだけで何も出来ることがないことは辛く苦しい。時雨も同じ気持ちだったのだろうか。俺みたいな友達やその他大勢のクラスメイトもいる賑やかな教室じゃなくて何もない自分以外の誰もいないあの真っ白な病室で。こんなにも怖いことなのだと今更ながらに知った。


「会いたい...。ただそれだけ。」


一番後ろの窓側の席。連絡事項を伝えている教師の声も久しぶりにあったクラスメイト達が騒ぎ立てる声も俺の中から消え去った。


君にとってどれだけあの日の俺が救いだったのかがようやく理解できたよ。



君と初めて会った日のことを思い出している。

思い返して見ると数多の音がその空間を演出していた。窓の外からわずかに聞こえる蝉の声、ひどく心地よくそよ風のような君の声音、車椅子のタイヤが床と擦れる際の耳障りな音さえもあの一瞬にて完璧であったのだ。そして、それら全てが彼女の為だけに世界が用意したものなのだと、俺はそう思えてならなかった。その言葉に一切の偽りはない。


「...という事だ。休み明けだからって気を抜かないようにな!」


突然引き込まれた。引き戻された。なんだかあの日みたいな雰囲気がする。


「それと転校生を紹介する。」


またすぐに世界から音が消えた。あの日と同じ選ばれた音だけが残って聞こえた。

蝉の鳴く声が心を囃し立てる。ドクンと心臓が跳ね上がった。








































「あらあらおやおや、こんなところに、どうして聖がいるのかな?」




































君はあの時と同じように、けれどもまったくもって違う意味を持つその言葉とともに現れた。







窓の外で未だ鳴り止むことを知らない聖なる蝉時雨(ラブソング)の残響が二人の世界で木霊していた。


お読みいただきありがとうございます。

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