extra summer vacation
手術後時雨がどうしていたのかを若葉目線で書きました。
赤く点灯した手術中のランプ。たった今ふっとそれが消えた。手術室の中からは眼鏡をかけドラマでよく見るような服に身を包んだ男性が出て来た。マスクをしていて簡単にはその表情を伺うことはできない。
「せ、先生!娘は!」
マスクを取るとその医者はにこやかにこう告げた。
「手術は無事成功しました。今後も様子を見ないといけませんが命に関わるようなことはもうないと思います。生きたいという彼女の気持ちのおかげですよ。」
「ほ、本当ですか!?良かったぁ...。」
「あなた!これであの子は...。」
良かった。これまでが報われた。彼女の明日はまたやってくるのだ。
全ては彼のおかげだ。彼女に寄り添い、そして愛した少年のおかげで心が救われた。
「ありがとう。救われたのは私もだから。」
「ご家族の方ですか?」
さっきの医者だった。何故この人は私なんかに話しかけて来たのだろうか。しかし私の大切な人の命の恩人だ。失礼な態度は取れない。
「いえ、私はただの付き添いです。それが何か?」
「ご家族でもない方にこれだけ喜んでもらえるあの子はとても幸せですね。きっと大切な存在なんですね、お互いがお互いにとって。」
それだけ言うと医者はどこかへ行ってしまった。
何を根拠に。変なことを言う人だと思った。
「え...何...これ。」
自分でも気づかないうちに涙が溢れていた。今まで溜まっていた何かが、弱音も涙も人前では見せようとしないあの子のためにもと我慢していた今までの想いが、今溢れて止まらないのだ。
「若葉、お前もありがとう。お前がいてくれたからこそ私たちも私たちのやれることに専念できた。」
「私たちにとってあなたも家族に違いないわ。これもあなたの尽力あってこそよ。」
「旦那様...。奥様...。」
これ以上の幸せをこれまでの人生で感じたことはない。ただひたすらに二人の胸の中で泣いた。
♢
「...んっ。」
「お目覚めですか!」
手術から一日後、時雨様は目を覚ました。医者には心配はいらないと言われてはいたが夜通し行われた大手術だったのだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「すぐ先生をお呼びします!」
先生曰く術後経過は良好、目を覚ますのも予想よりかなり早かったとのこと。
「本当に良かった...。」
「若葉ぁ...。」
「なっ、何ですか!?お水ですか?冷房効きすぎてましたか?どこか体調の悪いところはございませんか?先生をお呼びしましょうか?」
心配ないからといって気を抜いてはいけない。気にし過ぎるくらいがちょうど良い。
「色々...ありがとうね...。」
その一言で全てが報われたような気がした。まだ体力が回復仕切っていないのだろう、その後すぐに静かに寝息を立てて穏やかに眠った。それを見た私は昨日散々泣いたはずなのにまた止めどなく涙を流した。
♢
あれから二週間が過ぎようやくリハビリが始まった。夏休みも残すところ二週間程となった。新学期に合わせるとなるとそれだけの期間である程度までの回復を図らなくてはならないが、先生曰く難しいだろうとのこと。ただ、私の予想では時雨様は簡単にそれを覆してしまうことだろう。私には何故かそれがわかった。
「手術の成功をお伝えしなくてよろしいんですか?」
時雨様が一番その想いをお伝えになりたいはずの少年のことを考えながら進言する。時雨様は彼のために困難にも辛く苦しいリハビリをも笑ってこなしていられるのだ。
「良いんだよ。驚かせたいからね。」
語る言葉は少なかったが一刻も早く会いたいとの思いの表れであったことは言うまでもない。募る想いを言葉にしていてはきっときりがないのだろう。
そして予想通り医者の予想を遥かにしのぐスピードで時雨様は松葉杖の補助ありとはいえ一人で歩くことができるようになった。
♢
それからさらに二週間。今日は九月一日、快晴。新たな門出に相応しい日だった。
「忘れ物はございませんか?ハンカチはお持ちになられましたか?ポケットティッシュはありますか?お飲み物は水でよろしかったですか?お茶の方がよろしければすぐに買いに行ってまいります!それとそれと...。」
「大丈夫だから!もうそんなに心配する必要はないって言っているじゃないか。」
まだ多少の体の衰えを感じさせはするものの昔の時雨様の面影はなくなってきている。
「それじゃ、いってきます!」
「はい!いってらっしゃいませ!」
♢
長い廊下をおそらく新しいクラスの担任なのであろう教師に連れられ歩いている。病院の白とは異なる年季の入ったくすんだ色をしている。
「君の紹介はホームルームの最後にするから、読んだら教室に入ってきてくれ。」
「わかりました。」
少しだけ声が上ずった。緊張で胸が高鳴る鼓動の音が耳の奥でうるさい。病気の再発を疑ってしまうくらいだったが理由はわかっている。ようやく会える。
最初の言葉は何にしようか?
久しぶり!なんか違う。
会いたかった!知らない人もいるのに少し恥ずかしい。
あれこれ悩んでいるとまだ何を言うのか決まっていないのに入ってくるように言われた。
教室に一歩踏み入れると大勢の視線がこの身一つに向けられ、緊張と相まって頭が真っ白になり何も考えられなくなってしまった。
いた。目があった。窓側の一番奥。
その刹那、二人の世界から雑音が消えた。あの日と同じ選ばれた音だけが残って聞こえている。
好きです?久しぶり?会いたかった?どれも違う。
緊張からの動悸とうだるような夏の暑さにほだされて、言えた言葉は初めてあった時とそう変わらないものだった。
今度は知っている、愛しいあなたの名前をのせて。




