二十九話 生まれて初めてのわがまま
新年一発目の投稿です。
時は過ぎ夕方。気づけば時計の針が別れの時刻を刺そうとしている。チクタクと軽快に鳴る音に焦燥感を煽られているような気がした。一つまた一つと鳴るたびに鼓動の音と重なりそのうちそれを追い越す。心の臓が胸の奥で暴れている。
なぜ?どうして?分かっているはず。わからないことなんてない。
好きなのだ、どうしようもなく。伝えたい、この想いを。曖昧なまま済ませてしまった彼の告白。返したい、私の本音も。
課題に臨む真剣なその横顔を眺める。今のその真剣な眼差しも、川で踊った時のあの笑顔も、海で怒鳴ったあの声も全てが愛しい。あぁ、時計をちらりと見た。もう終わりの時間だ。帰り支度を始めた。あと数分もしないうちに彼はここからいなくなる。
やめて、行かないで。いつか夢で見たあの光景と重なった。
今日は聖と過ごす最後の日。私は明日、ここを去る。あなたの笑顔に期待し眠りにつく夜はもう来ない。
「そろそろ帰るよ。明日何時に出んの?あんまり早くなければ見送りに行きたいんだけど...時雨?」
何も伝えられないまま、聞いてもらえないまま終わることが耐えられない。もしかしたらもう二度と会うことなんてできないかもしれない。手術に失敗して私はこの世からいなくなってしまうかもしれない。
「おい、時雨ってば!」
私の肩を掴み揺らした。たくましいその腕は私の病気を抜きにしてもおおよそ違いは顕著であろう。確かな性差を感じた。私とは全く異なる、男の子の腕だ。無意識にペタペタと無遠慮に触っていた。時に撫でたり、時に軽く爪で引っ掻いたり。感じていたい、ずっと彼の全てを。
「も、もう俺行くから...。」
聖の頬が赤く染まる。感情は伝播する。自分の行いにようやく気づき私の頬も紅潮した。すぐに掴んでいた腕を離すもしかし、止まらない止まれない止まるつもりも毛頭ない。今度こそ私の全てを伝えるのだ、知って欲しいのだ。
ついに耐えかねた聖が部屋を後にしようとしたところを背後から座ったまま抱きとめた。
「し...ぐれ?」
どうしようもなく離れたくないと思って結果こうなった。何を今更言っていいのかもわからず彼に抱きついたまま数分が経ったのにようやく言葉をひねり出したのだ。
「私、聖と離れたくありません。私が明日ここを去るその時まで、片時も離れることなく、夜もあなたと。聖と過ごす日々を、せめて最後まであなたと共に居させてください。」
なぜか敬語になってしまったけれど、人生で初めてのわがままは、知り合ってたった一週間ほどの男の子に抱いた愛によるものでした。




