第七話「筑紫平野の赤き風」
**第七話「筑紫平野の赤き風」**
**第一章:軍議の衝突**
至元十一年(1274年)十月二十一日。落ちた博多の街は、燻る煙と異国の兵たちの鬨の声に包まれていた。
旧箱崎宮近くの陣幕にて、元軍の首脳陣による軍議が開かれた。首座に座る総司令官・忽敦は、勝利の酒を煽りながら威勢よく机を叩いた。
「博多は落ちた! この勢いのまま船を回し、長門から本州へ攻め上る。一気に鎌倉の首を取り、ハーンに全土制圧の吉報を届けるぞ!」
将校たちが一斉に喚声を上げる。だが、その狂騒を冷ややかな声が切り裂いた。
「——自滅なさるおつもりか、将軍」
前に進み出たのは平景明であった。忽敦が不快そうに眉をひそめる。
「何だと? 我らの大勝だぞ。日本の武士など恐るるに足りん!」
「博多一地の勝利に過ぎません」景明は落ち着き払った手つきで、筑紫平野から南へと続く地図を広げた。
「長門を渡れば、幕府が本州全土から集めた数十万の大軍が待ち構えています。一方、我らの足元であるこの九州はどうでしょう。大友、少弐、島津——南にはいまだ手付かずの巨大な御家人勢力が健在です。背後を脅かされたまま本州へ進めば、前後から挟み撃ちに遭い、補給線を断たれて孤立するのは火を見るより明らかです」
**第二章:覇道、肥後(熊本)へ**
副将の劉復亨が膝を打ち、景明の言葉に同意を示した。
「一理ある。我らはまだ、この土地に揺るぎない補給基地を持っておらん。長旅で兵糧も底を突きかけている」
景明は言葉を重ねる。その瞳に宿るのは、平家がかつて治めた西国の地を完膚なきまでに手中に収めんとする、執念の火であった。
「まずは豊かで作物の実る筑紫平野を抜け、肥後(熊本)へ南下するのです。肥後を押さえれば、九州の物流と兵糧は完全にハーンのものとなる。さらに肥後には、今なお我ら平家に恩義を感じている豪族が数多く潜んでいます」
景明は自らの背に負う「唐櫃」を静かに叩いた。
「肥後を呑み込み、そのまま薩摩(鹿児島)の港まで制圧すれば、九州は鎌倉から完全に孤立します。ハーンの不沈の要塞が完成するのは、その後でございます」
忽敦は景明の描く周到な侵略図を凝視し、やがて獰猛な笑みを浮かべた。
「良し……! 全軍に命ず。博多の港を補給の拠点として固めつつ、主力を南へ向ける。筑紫平野を踏み荒らし、熊本を喰らうぞ!」
翌朝、博多を出撃した元軍の先鋒と、景明率いる平家水軍・豪族の連合軍は、赤地に揚羽蝶の旗をなびかせながら南下を開始した。
筑紫平野を渡る秋風は、落ち葉とともに赤き平家の執念を乗せ、肥後(熊本)の地へと吹き抜けていく。
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**次回(第八話)のご案内**
第八話「暗躍する赤間関の影」
熊本(肥後)侵攻の前夜。景明は単身、肥後の強力な御家人(菊池氏・阿蘇氏ら)の足元へ潜入する。幕府への忠誠と平家への旧恩に揺れる豪族たちに対し、景明の仕掛ける心理戦とは?




