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【歴史if小説】元寇は、壇ノ浦の戦いで滅んだ平家の残党の陰謀だった  作者: 松本 俊介


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第六話「てつはうと防塁突破」


**第六話「てつはうと防塁突破」**


**第一章:博多湾の雷鳴**


至元十一年(1274年)十月二十日、早朝。博多湾。


朝靄(あさもや)が晴れゆくにつれ、海一面を覆い尽くす数百隻の元軍大艦隊が姿を現した。


「敵襲——! 異国の船が押し寄せてきたぞ!」


博多沿岸を守る鎌倉幕府の御家人たちに激震が走った。史実であれば猛烈な暴風雨が元軍を呑み込むはずの博多湾は、平景明の緻密な気象の予測通り、不気味なほど穏やかな海面を湛えている。


「全軍、突撃! 名を名乗り、一騎打ちで討ち取れ!」


赤星山や百道原の海岸から、武者ぶりが自慢の御家人たちが馬を躍らせて突撃を開始した。しかし、彼らを迎えたのは日本の戦の常識を覆す惨劇であった。


「放て!」


景明の合図とともに、元軍の陣形から異様な爆音と煙が巻き起こる。蒙古の誇る火器「てつはう」である。飛来した黒い鉄球が爆発し、爆音とともに立ち上る炎と殺傷力の高い鉄片が、一騎打ちを挑む鎌倉武士たちを馬ごと吹き飛ばした。


さらに、一騎打ちに応じず銅鑼や太鼓を鳴らして集団で襲い来る蒙古・高麗兵の集団戦術の前に、御家人たちの防衛線は次々と乱されていった。


**第二章:内からの崩壊**


しかし、鎌倉武士の粘り強い抵抗も凄まじかった。元軍の侵攻に備えて築かれた強固な防塁(元寇防塁)に拠り、弓の名手たちが元軍の歩兵を阻む。


総司令官の忽敦(クドゥン)が「ぬう、思った以上に頑強な敵だ」と歯噛みする中、船上の景明は冷たく微笑んだ。


「焦る必要はありません。すでに『裏の仕掛け』は動いております」


その時、防塁の一角——肥後・肥前の旧平家系豪族が守備を担当していた区画から、突如として激しい勝ち鬨と悲鳴が上がった。


「裏切りだ! 肥後勢が寝返ったぞ!」


第四話で景明が放った密使と「平家の揚羽蝶の札」、そして背後に控える「三種の神器」の存在が、幕府に不満を抱いていた旧平家系豪族たちの背中を押したのだ。彼らは鎌倉から派遣された幕府の監察官を背後から切り伏せ、防塁の門を内側から固く閉ざしていた鎖を叩き切った。


「門が開いたぞ! 全軍、博多街へ突入せよ!」


防塁の死角が突如として破られ、雪崩のように蒙古の鉄騎兵と火器部隊が博多の街へとなだれ込む。


内と外からの挟み撃ちに遭った鎌倉幕府軍は大混乱に陥り、少弐資能(しょうに すけよし)ら九州御家人の旗頭も重傷を負って潰走。夕刻には、かつて平清盛が日宋貿易の拠点として繁栄させた博多の街が、元の旗と平家の赤旗の下に完全に落城した。


紅蓮の炎に包まれる博多の街を見下ろし、景明は深く息を吐いた。


「祖父上……まずは博多を奪還いたしました。だが、ここからが本番にございます」


元軍の将軍たちが「このまま鎌倉へ攻め上るべし!」と気勢を上げる中、景明の視線はすでに、九州を南下する「肥後(熊本)」の地へと向けられていた。


---


**次回(第七話)のご案内**


第七話「筑紫平野の赤き風」

博多を補給基地とした元軍。景明は「鎌倉直進」を主張する元の将軍たちを説き伏せ、九州を完全に足元から固めるための「熊本(肥後)南下ルート」を決定づける!

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