第三話「大都の謁見」
**第三話「大都の謁見」**
**第一章:大都(北京)の玉座**
至元十一年(1274年)夏、蒙古(元)の首都・大都。
果てしなく広がる巨城の回廊を、平景明は静かに歩んでいた。左右に並び立つ元軍の巨漢将校たちが、異国の服飾を身にまとった景明を威嚇するように睨みつける。しかし、景明の眼光は凍りついたように揺るがない。
案内された大殿の奥、黄金の玉座に鎮座していたのは、世界を統べんとする覇者——フビライ・ハーンであった。
「高麗の海の彼方より来たという日本の者か。ハーンの前にひれ伏せ」
側近の通訳が叫ぶ。景明は流暢な蒙古語と中華の礼法をもって一礼すると、頭を上げ、まっすぐにフビライの目を見据えた。
「ハーン、これなるは東の海に沈みし王族、平家の末裔にございます。私はハーンに、日本という島国を捧げるために参りました」
フビライは眉をひそめ、薄い笑みを浮かべた。
「我が軍勢はすでに高麗を押さえ、数百の兵船を揃えておる。貴様のごとき亡命者の助けなどなくとも、幕府とやらは瞬く間に踏みつぶせるわ」
「——ハーン、それは陸の考えにございます」
景明の声が大殿に響き渡った。将兵から息をのむ音が漏れる。
「日本を囲む海は、大陸の川や湖とはわけが違います。怒涛の潮流、そして秋になれば船を木屑に変える『神の風(台風)』が吹き荒れます。海の気象を知らぬまま出兵すれば、ハーンの誇る大艦隊と兵たちは、戦う前に海に呑まれましょう」
**第二章:覇者との約定**
フビライの目が鋭く光った。単なるお世辞や命乞いではない。この男の目には、海を知り尽くした者だけが持つ絶対の自信と、底知れぬ暗い情念が宿っていたからだ。
「……面白い。では、海を知るという貴様は何を差し出し、何を望む?」
景明は懐から、一巻の絹に描かれた緻密な「九州沿岸図」を取り出した。そこには博多湾の潮流、浅瀬の位置、そして神風が吹かない「絶対の安全期(初冬)」が克明に刻まれていた。
「私はハーンの『目』となり、船団を神風の来ぬ時期に博多へ導きます。さらに、防塁を守る御家人たちの内部に潜む旧平家系の豪族を揺さぶり、博多をわずか数日で落とさせて見せましょう。博多を落とした後は、鎌倉へ直進するのではなく、豊かな南九州(熊本・鹿児島)を制圧して陸の補給基地とするのです」
「……良き策だ。で、貴様の望みは?」
景明は懐から唐櫃の布を取り払い、黒ずんだ古鏡——三種の神器の威光をフビライの前に提示した。
「九州の治権でございます。源氏の幕府を滅ぼし、九州を我が平家の地とすること。それさえ叶うならば、九州は元の朝貢国となり、ハーンの東南アジアと鎌倉への覇道を支える不沈の要塞となりましょう」
フビライは大口を開けて笑った。巨躯を揺らし、玉座から立ち上がる。
「気に入ったぞ、平家の男よ。我が軍の案内役として先陣を切れ。もし偽りがあれば、貴様の首を対馬の海に晒すが……吉報をもたらせば、九州はお前のものだ!」
大都の宮殿を辞した景明は、冷たい夜風を浴びながら呟いた。
(フビライよ、貴様もまた我が復讐の踏み台に過ぎぬ。幕府を潰し、元をも退け、九州に平家の国を創る……)
文永の役の開幕まで、あとわずか。歴史の歯車が、狂いながら回り始めた。
---
**次回(第四話)のご案内**
第四話「風を読む者」
元軍の出撃準備。景明は気象と潮流を読み切り、史実の「台風」を回避する冬の出兵スケジュールを確定させる。同時に、博多防衛の要である御家人たちへの密裏の工作が始まる!




