第十六話「鎌倉の激震」
**第十六話「鎌倉の激震」**
**第一章:悲報、関門を越えて**
至元十二年(1275年)初夏、鎌倉。
普段ならば新緑に包まれる鶴岡八幡宮の参道は、重苦しい静寂と殺気立った武者たちの足音に支配されていた。
「鎮西(九州)が……鎮西が落ちた……!」
早馬によってもたらされた報告は、執権・北条時宗をはじめとする幕府閣僚たちを根底から揺るがした。
博多の防塁が内側から破られ、熊本、さらには南端の薩摩に至るまで、わずか数ヶ月で異国の軍勢に呑み込まれたという。しかも、敵の先頭に立っているのは異国の兵だけではない。
「将軍家(幕府)に反旗を翻したのは、かつて壇ノ浦で死に絶えたはずの『平家』の残党……さらには、壇ノ浦で沈んだとされる三種の神器を掲げているとのこと!」
「平家だと……!? 戯言を言うな! 八十老いぼれの亡霊が今さら何をするというのだ!」
評定衆の老臣たちが怒号を上げる中、二十代半ばの若き執権・北条時宗は、一人無言で念珠を固く握りしめていた。その瞳には、深い驚愕とともに、冷徹な危機感が宿っていた。
「亡霊だろうと何だろうと関係ない。九州が異国と平家の手に渡ったということは、鎌倉の足元が腐り落ちたということだ」
**第二章:全土動員と時宗の決断**
「これより全御家人に追討の命を下す。東国・西国を問わず、動員できる限りの兵と船を集めよ」
時宗の静かな、しかし退路を断つ一言が評定の間に響いた。
九州喪失の衝撃は、幕府の威光を崩壊寸前まで追い詰めていた。九州の御家人たちが次々と裏切り、あるいは敗北したという事実は、「鎌倉に従っていれば領地が守られる」という武士たちの絶対の信仰を打ち砕いたからだ。
「敵の総大将は、平景明と名乗っておるな」
時宗は関東の地図を広げ、関門海峡を指した。
「敵は九州を固め、必ずやこの関門を越えて本州へ攻め込んでくる。長門(山口県)を防衛の最前線とし、幕府の全総力を挙げた『大遠征軍』を編成する。北条一門の精鋭を揃え、九州を力で奪還するのだ」
鎌倉から長門へ向けて、数万の幕府軍が進軍を開始した。東国の武士たちが掲げる白旗が、街道を埋め尽くしていく。
一方その頃、博多で鎌倉の動向を察知していた景明は、関門海峡の防衛線を構築すると同時に、背後に迫る「もう一つの脅威」——大都のフビライから派遣される元軍総督府の影と向き合っていた。
源氏の幕府軍、そして蒙古の真の支配権力。二つの巨浪が、関門海峡で激突しようとしていた。
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**次回(第十七話)のご案内**
第十七話「二つの牙」
九州の全権を奪い取るべく、大都から蒙古直属の総督が到着する。景明は「蒙古の傀儡」になることを突っぱね、元軍内部との間に致命的な亀裂が生じる。二つの牙(鎌倉軍と元軍)に挟まれた景明の選択とは?




