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クリティカルエラー

 いつもより寒さを感じる朝がきた。

 あまりの寒さに、僕は震えながら目を覚ました。

 鉛のように重い体を起こし、壁掛けの時計を見ると7時17分。

 「もう、朝か……」

 はっきりとした夢は見ていない。ただ、ぼんやりと記憶にあるのは暗闇の奥に誰かが立っていた。

 その人物は誰なのかわからない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 体が重いのは確かだが、心は晴れ晴れしている。

 そして今日の楽しみは、蒼太がどうなったかだ。

 ゲーム内で殺した人物が現実でも殺されているはず。

 それは、チュートリアルで実感してる。

 間違いなく蒼太は死んでいるはずだ。

 その結果は学校に行けばわかる。ベッドから起き上がり、氷のような寒さが残る部屋を後にし、脱衣場で学生服に着替えた。

 着替え終わってリビングに行くと、両親が驚いていた。

「あら、今日は早いじゃない」

「……今日は早いな。腹減って起きたのか?」

 母さんは台所で朝食の支度をしていて、父さんはリビングテーブルの椅子に座り、新聞を広げ読んでいた。

 僕が来た音で、父さんは新聞を少し閉じ、端から顔を覗かせた。

 父さんは一言だけ言うと、再び新聞を目一杯に広げ読み始めた。

 さすがに、自分の本音を言う訳にはいかない。

「今日はテストの日だから早く起きたんだ」

 最高にそして自然な誤魔化しだ。

「そうだったわね。今ご飯準備するから少し待って」

 母さんが作業する台所からは鍋に入っている味噌汁が沸騰する音、フライパンに入れられたソーセージと目玉焼きがまるで踊っているかのように油がはじける音。

 全ての匂いがリビングに充満する。

「お待たせ。お父さんも食べなさい。時間ないでしょ」

 父さんは新聞を丁寧に折りたたみ、隣の椅子に置く。

「……いただきます」

「いただきます」

「どうぞ。召し上がれ」

 僕の目の前には、湯気が立つご飯に味噌汁。そしてソーセージと目玉焼き。

 目玉焼きに醤油を垂らし、箸で黄身を潰す。

 中から黄色い半熟状態の黄身が流れ出て、垂らした醤油と混ざる。

 そして混ざりあった黄身と醤油が肉厚な白身に絡む。それを箸でつまんで口に入れると、甘みとしょっぱさが混ざり合い、白身の弾力を噛み締めて喉へ流した。

「美味しい」

 言葉が漏れるほどの美味しさだった。

 何も高級な物を使っている訳では無い。

 一般的に素朴な味が、一番の美味しさだと感じた。

 ご飯を食べ、味噌汁を飲む。

 これだけで贅沢な嗜みだ。

 あっという間に平らげ、最後に一言。

「ご馳走様でした」

「はい、皿はそのままでいいよ。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 椅子から立ち上がり、もう一度自室へ戻り学生鞄を持つ。

 玄関に行き、外靴に履き替え玄関ドアを開ける。

 玄関ドアを開けると朝の暖かい日差しと同時に冷たい風が体に触れた。

 

 青い空がどこまでも続いている快晴で、朝日がいつもより綺麗に見えた。

 この空の下、一面の雪景色を歩く僕は、雪照りで目が眩み思わず右手を目の前にかざして、日除けを作る。

 「……眩しいな」

 歩きながら一人で呟き、太陽の熱と冷たい風が身に染みる。

 歩き続けて、ようやく学校の門前に着く。

 先ほどまで少し隠れていた太陽が全てを露わし、より一層に日差しと雪照りが強くなった。

 この光から逃げるかのように、僕は一目散に昇降口へと走る。

 校内は、外よりも寒く白い息が出る。

 靴を履き替え、どこか無機質で長く冷たい廊下を歩き、自分の席がある教室へ入る。

 中に入ると、いつもと変わらない賑やかさ。

 談笑する人もいれば、本を読んでいる人、そして睡魔に負けて寝ている人がいた。

 だが、僕にはわかる。

 これから、この日常が一変することを。

 始業までまだ時間があり、一人また一人と体を震わせながら教室に入ってきた。

 僕は自分の席に着き、始まりと終わりを告げるチャイムを待った。

 少し時間が経ち、黒板の横にある壁掛けのアナログ時計を見ると8時29分。

 そして秒針は50秒に差し掛かった。

 あと10秒で、全てが変わる。それは喜びと希望ではなく、不穏と絶望が訪れ誰もが恐怖するであろう。

 秒針が真上に到達したとき、校内にチャイムが響き渡った。

 全員、自分の席に座り先生を待つ。終わりの始まりとは知らずに。

 廊下から足音がして徐々に近づいてくる。

 横開きの教室の扉には曇りガラスが張られていて、シルエットが見えた。

 スーツ姿の男性、間違いなく中村先生だ。

 ゆっくりと扉は開かれ、冷たい空気が室内に流れる。

 中村先生は教卓の前に止まり、教卓に書類を置いてこちらを向く。

 どこか暗く、複雑な顔をしていた。

 教室内には沈黙が流れ、いつもと違う雰囲気を、誰もが肌で感じていた。

 ようやく中村先生は口を開き話し始める。

 「……みなさん、おはようございます。実は悲しいお知らせがあります」

 誰もが予想していない出来事で、全員が不思議がっていた。

 「……昨夜、藤崎蒼太が亡くなりました。……残念です」

 中村先生は、目に涙を浮かべ声を震わせながら言う。

 予想外のことで全員が戸惑う。たしかに蒼太の席は空席で、誰もが体調不良で休んでいたと思っていた。

 中村先生は話し続ける。

 「……今、警察が調べていますので詳しいことはわかりません。なんでこんなに……」

 中村先生は右手で両目を覆い泣いた。

 僕は、中村先生の言葉に違和感を感じた。――なんでこんなことに――と。

 この言葉は、詳細を知っているから感情的に漏れた言葉だ。

 軽く周りを見たが、気づいた人はいない。全員、まるで通夜のように言葉を失い、すすり泣く声も聞こえた。

 「今日……本当はテストの日でしたが、……後日やります」

 中村先生の充血した瞳は、悲しみと悔しさが物語っており、絞り出した涙声は震えていた。

 急遽、自習となり下校時間まで暇になる。

 でもこれで、ようやく確信を持てた。

 ゲーム内で殺した人物は現実で死ぬ、と。思わず笑ってしまう。

 声が出てしまったことに気づき、右手で口を押さえた。

 辺りを見渡すと、……気づかれていない。

 危なかった。

 あまりの嬉しさに心が躍ってしまったよ。

 ……いや、待てよ。

 一度現地に行って確かめたほうがいいな。

 これが何かの間違いだったら、ただのぬか喜びだ。

 あいつの家は知っている。

 僕は、学校帰りに蒼太の家に行き、真実を確かめることにした。


 退屈な一日がようやく終わり、空を赤く染めた太陽が別れを告げ徐々に沈んでいく。

 蒼太が住んでいる町はここから少し離れていて、凍堤町(いてつつみまち)へ向かう。

 都会とまではいかないが、デパートや商店街、それにゲームセンター、カラオケなど娯楽施設もあり、住民はもちろんのこと学生のたまり場となっていて活気あふれた町だ。

 しかし、僕には関係ない。

 学生たちの笑い声や生活音、住人たちの話し声はただの雑音で耳に障る。

 逃げるかのように、足早にこの空間を抜け出すと、先ほどとは違い閑静な住宅街に着いた。

 太陽は完全に沈み、赤い残光だけがこの住宅街の闇の訪れを知らせてくれる。

 聞こえるのはカラスの鳴き声と通り抜ける風の音。

 どこか悲しく寂しい気持ちになる。

 薄れゆく自分の影と歩き続けると、十字路にたどり着いた。ここを右に曲がれば蒼太が住んでいるマンションに着く。

 右に曲がり、少し歩くと左側にマンションが見えた。

 警察の調べが終わったのか警察官はおろかパトカーが一台もない。

 マンションを見ても静かで事件があったとは思えない雰囲気だった。

 あまり長居すると怪しまれるから、軽くマンション周辺を見たが特に変わったところはない。

 「何もない……か」

 何も収穫はなく、肩を落としながら来た道に戻る。

 十字路にぶつかり、左に曲がろうとしたとき周辺から話し声が聞こえた。

 「……だよね。怖いわね」

 「本当にね。あのマンションで自殺って」

 「しかも、首が折れてたんだって。まだ若いのに」

 「いつ何が起こるかわからない世の中だよね」

 どうやら、近所のおばさんたちの井戸端会議のようだ。

 僕は、その場で立ち止まり息を殺す。

 この会話は、間違いなく蒼太の話だ。おばさんたちの話はまだ続く。

 「なんか思い詰めてたのかしら?」

 「わからないわ。いつも朝に見かけるけど、そんな感じはしないんだよね」

 「藤崎さんの親御さん、本当にかわいそうだね」

 藤崎という名字が出てきた。間違いない、蒼太の話だ。

 僕の心の中では拍手喝采の嵐が巻き起こっていた。

 思わず口角が上がってしまう。

 確信を得た僕は再び歩き出そうとした、その時。

 「……お前、何やっているんだ?」

 突然背後から聞き覚えのある声がした。

 心臓が凍り付くような驚きで、ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは親友である正樹だった。

 「……え、いや。帰宅途中だよ」

 「いや、お前の家は逆方向の町だろ?ここを通らないと思うが……」

 「たまには、遠回りもいいかなって……」

 「その遠回りが蒼太の家の付近か?」

 「……」

 僕は何も言えなかった。

 何とかこの場を乗り切ろうと考えたが思いつかない。

 「お前、蒼太の訃報を聞いて見に来たんじゃないのか」

 「いや……まさか。そんなことないよ」

 「そのわりには、笑顔じゃないか。お前、どうかしてるぞ」

 僕は無意識に顔に出ていたらしい。

 これはもう、言い訳ができないな。でも、正樹ならわかってくれるはずだ。

 僕が蒼太からいじめられていたのを知っていて、仲裁に入ってくれた。だから、僕の正直な気持ちが分かってくれる。

 「……わかった。正直に言うよ。蒼太が本当に死んだのか確かめに来たんだ」

 「……」

 「僕がいじめられていたのは、仲裁に入ってくれた正樹は知ってるよね。あいつが死んだことを確認できて嬉しいんだよ。しかも、あいつは無残な死に方をしたみたいで喜びのあまり拍手だよ」

 今の気持ちを、そのまま正樹に伝えた。

 正樹は複雑な顔をしていて、何か言いたそうな感じだ。

 だが、何も言わず時間だけがこの寒空と一緒に流れる。

 すると正樹は、ゆっくりと僕のほうに近づいてきて、右手を震えるほど力強く握り僕の左頬に目掛けて殴った。

 「お前、馬鹿じゃないか!」

 殴られた僕は、少しよろめいたが何とか踏ん張り、倒れることはなかった。

 殴られる意味が分からない。

 頭の中で殴られる理由を考えたがわからない。

 そんなのお構いなしに正樹は続けて僕を罵倒する。

 「お前は一体どうしてしまったんだよ。嫌な奴でもな、死んで喜ぶなんてお前には人の心はないのか!」

 「いてぇ……何するんだ。何がおかしいんだ?あいつは死んで当然の奴だよ。なんか自殺だらしいが因果応報だ。喜んで何が悪い?」

 「……お前、本気で言ってるのか?」

 「そうだよ。死んでめでたい」

 僕は、笑顔で拍手する。

 それを見た正樹は、深くため息をつき最期に一言いう。

 「……お前もう、親友ではない。このサイコパスが!お前が死んでしまえ!」

 そう言い捨てると正樹は、もう一発僕の左頬を殴り、立ち去る。

 左頬を左手で押さえながら、後ろを振り返ると正樹はもういなかった。

 僕に、死ねと言った。

 正樹はわかってない。あいつはもう、だめだな。僕の邪魔な奴だ。

 本当に残念だ。惜しい人ではあるがお別れをしないといけない。

 「……さよならだ」

 寒空の下に一人取り残された僕は、次の標的を消すために家へ戻る。


 家に着き、いつもと変わらない暮らし。

 風呂に入り、食事をし、父さんと母さんと他愛もない会話。

 そして自室に入る。

 さぁ、これからお(・)別(・)れ(・)会(・)だ。

 親友である僕からの花束に正樹は涙するだろう。

 そして周りからの温かい拍手はなく、全員もらい泣きをする。

 幹事である僕は、涙をこらえ笑顔で見送るよ。

 誰もが心に残る最高のお別れ会になるように努力しないと。

 ノートパソコンを開き、電源を入れる。

 しばらく待っているとホーム画面が映りゲームを起動させる。

 セーブデータを読み込み、画面がフェードアウトする。


 聞こえてきたのは電車のブレーキ音。

 鉄に摩擦を掛けた甲高い音が響き渡り、空気が抜けた音とともに画面はフェードインする。

 目の前の扉が開かれファントムは電車から降りた。

 辺りを見渡すと、あまり人はいなく薄暗いホームだった。

 少し歩くと上に続く階段があり上がると、星が輝く満天の夜空。

 駅前に装飾されている青いネオンが積もっている雪を照らし、まるでムーンストーンのような輝きが、この夜を幻想的にしてくれている。

 後ろを振り返り駅名を見ると、相変わらず漢字だけでは読めない駅名。

 隣に書いてあるローマ字を読む。

 ハチ……マ……ラ……。

 ここは、八馬羅町(はちまらまち)という町のようだ。

 駅前の広場に芸術作品の銅像、タクシー乗り場が左側、バス乗り場が右側、同じではないが似ている。

 これまでの架空の町名に現実の町名を思い出し、ここは現実の待原町(まちはらまち)がモデルとなっていると、僕は直感で感じた。

 それに正樹が住んでいる町だ。多少、道が変わっていると思うが現実の正樹の家には何回も遊びに行っていたから、すぐに見つけることができるはずだ。

 銅像の後ろに設置されている時計台を見ると、時刻は21時27分。

 周りには人影はなく、影の執行人であるファントムだけが光と闇の間に立っていた。

 フェドラハットを深く被り目元が見えないファントムは、何を思っているのだろうか。

 ……あぁ、そうだったな。

 僕の意思とファントムは繋がっていたんだ。

 肩に積もった雪を手で払い、駅前を後にした。

 深々と降りしきる雪の中、ファントムは閑静な住宅街に着く。

 周りの家を見ると、明かりが付いている家は少なかった。

 そして、この道も現実とは若干違うが知っている。

 目の前の十字路を左に曲がると公園があるはずだ。

 ……予想通りだ。

 左に曲がったら公園があった。

 そうなると、現実だと次に右に進むと左側に待原神社が見える。

 ファントムを右に進ませると、神社が見えた。名前は……八馬羅神社。

 名前は違うが、2つの鳥居に参道、入り口の左右には狛犬。

 間違いなく、現実とリンクしている。

 この神社を通り過ぎて、1つ目の十字路を左に曲がると正樹の家がある。

 現実の正樹の家は、外壁は少し赤みがあるレンガ調で少し古い二階建て木造住宅だ。

 この世界はどうなのか、気になりながら左に曲がった。

 ……あった。

 この世界も現実と同じで変わりがなかった。

 念のために、門についている表札を見ると「坂下」と、書いてあった。

 そして、家の明かりは……消えているな。

 左腕の袖を少し下げ、時間を確認すると時刻は22時11分。

 さて、ここからが本番だ。

 お別れ会の準備を始めないと。

 坂下家の敷地内に入り、裏へと行く。

 周りは塀で囲まれているおかげで誰も気づかない。

 裏側に回るとウッドデッキがあり、そこを上がると玄関ドアの高さと同じぐらいの大きな窓がある。カーテンが閉まっており中を確認することはできないが、明かりが漏れていなければ生活音も聞こえない。家族は就寝していると確信した。

 一度、ウッドデッキから降り白くなった地面を見る。

 目を凝らしてみると、自分が歩いてきた足跡から石が見える。

 ちょうどいい大きさの石だ。

 石を掘り起こし、もう一度ウッドデッキに上がる。

 ファントムが羽織っているロングコートを脱ぎ、折りたたんでガラスの内鍵がある部分に折りたたんだロングコートを左手で押し当てる。

 右手に先ほど地面から拾った石をロングコートに目掛けて、叩く。

 3回目で、ガラスから小さな音が聞こえた。

 ガラスに押し当てたロングコートを外すと、ガラスに小さな穴ができていた。

 ガラスの破片が付いたロングコートを振り払い、再び羽織る。

 この小さい穴だと内鍵を押すことができない。

 何かないかと周囲を見ると、この窓の隣に出窓があったこと気付く。

 出窓の屋根には、いくつかの氷柱(つらら)ができており一本を折る。

 細長い先端を小さな穴に通し、内鍵を押してみた。

 折れないように徐々に力を入れると、内鍵が下がる。

 ……うまくいった。

 これで、家という会場に入ることができる。

 氷柱を庭に捨てて、ゆっくりと慎重にガラス戸を横に引いた。

 土足で中に入ると、室内はまだ温かく開けたガラス戸からは身の凍るような冷たい風が室内に混ざりあった。

 侵入してきたガラス戸を一度閉め、次に若干重いカーテンを閉めて外の冷気を遮った。

 室内は闇に包まれて何も見えなかったが、徐々に目が慣れて家具などが見えてた。

 左側には台所、右側にはテレビにローテーブル、そして灰色のソファーがあった。

 そして正面にはダイニングテーブルが置かれていて、その奥には曇りガラスの扉があり、そこから見える廊下は闇が広がっていた。

 物に当たらないようにゆっくりと歩いていると、廊下の明かりがついた。

 突然の出来事に驚いた僕は、こちらに来ないことを祈りながらソファーとローテーブルの間に身を低くしてこの危機を乗り越える。

 見つかるわけにはいかない。

 見つかってしまえば、このシナリオは失敗する。

 心臓の鼓動が激しくなり、口から出てきそうだ。

 階段を下りる足音が聞こえ、一歩、また一歩とゆっくりと誰かが一階に降りてくる。

 そして足音は一階の床に着いたとき止まった。

 またすぐに足音がしてこちらに近づいてくる。

 不意打ちするかどうかを脳内会議していると、扉がゆっくりと開く音が聞こえた。

 冷たい嫌な汗が額から流れ、思わず手のひらを強く握っていた。

 しかし、いつまで経ってもリビングの照明が付かない。

 そして、人の気配も感じない。

 不思議に思った僕は、恐る恐るゆっくりと顔を上げて確認する。

 曇りガラスから見える廊下は明るく、水が流れる音とともに扉が軋みながら閉まる音がした。

 足音は遠のいていき、廊下は再び闇へと戻った。

 階段を上がる足音がリビングに響き、上がりきったのか足音は消えた。

 どうやら、トイレで降りてきたらしい。

 脳内会議を解散させ、ゆっくりと立ち上がり安堵する。

 この部屋の隅に小さい扉があることに気づいた。

 そこに近づき、小さい扉を開けると中は小さい部屋でトイレットペーパーや洗剤などがあり日用品の物置部屋だった。

 どうやらここは階段下で空間を利用した小部屋。

 だが、何かめぼしいものはなく静かに扉を閉めた。

 一度リビングを出て廊下に出る。

 正面には玄関、右には階段、そして左には2つの扉があった。

 手前の扉を開けようとしたら微かに流れる水音がして、ゆっくり開けてみるとトイレだった。

 扉を静かに閉めて、次に隣の扉を開けた。

 中に入ると仄かなラベンダーの匂いがする。目の前には洗面台、その隣には洗濯機、右奥にはボイラーがあって半開きになった浴室があった。そして天井には物干し竿に干されている衣服。どうやらここは、脱衣所のようだ。

 中に入ると足に何かがあたり、思わず立ち止まる。

 この静寂な闇に小さい物音は奥まで響いた。

 また心臓の鼓動が激しくなり、誰も来ないことを祈る。

 ……物音がしない。

 少し時間が経ったが、大丈夫なようだ。

 だが安堵する暇もなく、足元の物を確認した。

 四角い形状で上にはダイヤル、そして表面は網状になっておりその奥には石英管に包まれた金属線。

 間違いない。これは電気ヒーターだ。

 そしてもう一度、脱衣所を見る。

 ボイラーの反対の壁にブレーカーがある。

 ここで、僕の頭の中に最高の花束が出来上がった。

 「最高だ……最高のプレゼントだ。これは喜んでくれる」

 なんて自分は、情の深い人なんだろう。

 親友に罵られても、今まで支えてくれた感謝の気持ちを形としてプレゼントする。

 誰も真似できないよな。

 僕は、これから心を込めてプレゼントを贈る。

 さぁ、始めよう。

 忘れることのない心に残る思い出を。

 洗濯物が掛かっている物干し竿を外し、床に滑り落とす。

 物干し竿を、先端をブレーカーの主電源のレバーの下に付けて、床に落とした洗濯物から、小さいS字フックを拾いレバーに掛けて下の部分は物干し竿の先端を乗せる。

 これで触れることなく固定された。

 そして、洗濯物を何着か拾いボイラーと壁の隙間の詰めてそこにレバーの下に固定させた物干し竿の末端を隙間に入れる。

 これで、強制的にブレーカーは落ちることができなくなる。

 残りの洗濯物と電気ヒーターを持ち、再びリビングへ行く。

 

 リビングに入って左の隅にある階段下収納の扉を開けて、奥に置いてある日用品の上に脱衣所から持ってきた洗濯物を無造作に捨てた。

 手前の少しの空きスペースに電気ヒーターを置き、ダイヤルを最大まで回す。

 まだ、準備はある。サプライズは最後まで残しておかないとな。

 音を立てないように忍び足で台所へ行き、炊飯器の隣にある電気ポットを持つ。

 中に入っているお湯をシンクに捨てて、一度侵入してきたガラス戸から外に出て、ホームタンクへ向かう。

 電気ポットをホームタンクの下に置き、中から湯気だけが残っている空の容器の中にホームタンクの小さいハンドルを回して、灯油を指定されている線まで入れて再び家に戻る。

 灯油入りの電気ポットをふたを開けた状態で、電気ヒーターの隣に置く。

 テレビの後ろにある延長コードを全てのプラグを外し延長コードだけ持つ。電気ヒーターと電気ポットのプラグを外してきた延長コードに挿し込み、床と扉の隙間に無理やり延長コードねじ込み、扉を閉めた。

 さぁ、いよいよだ。

 ファントムの手元には延長コードのプラグがある。

 全ての準備が整い、ゆっくりと侵入してきたガラス戸まで歩き、近くのコンセントに挿し込んで外に出る。

 来た道を戻り、夜風が冷たい静寂な住宅を歩き続ける。

 しばらく歩き続けて駅が見えた時、背後から爆発音が聞こえた。

 一度立ち止まり、来た道を振り返ると遠くの空が赤く染まっていた。

 それを見ながら、ファントムと僕は微笑んだ。

 忘(・)れ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)贈(・)り(・)物(・)が、無事届いたようで良かったよ。

 この町とも別れを告げ地下鉄に乗り込み、ゲームはクリアした。


 達成感の余韻が残る中、電源を落としてノートパソコンを閉じる。

 天を突き抜けるような背伸びをして、熱く煮えた血流が冷めてくるのを感じる。

 同時に眠気が僕を襲い、ベッドへ潜り込み深い眠りにつく。


 遠くから、何かのサイレンが微かに聞こえた。

 「今日はいい夢が見られそうだ」

 呟いた僕は微笑み、夢の世界へと行く。

 

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