9話
「いまだ!」
『清らかな水源!』
俺の合図とともに、エデンが解き放った巨大な水柱が川面を穿ち、渓谷の主である巨大な『列水竜』の巨体を豪快に浅瀬へと打ち上げた。
大揺れしながら川岸の岩場へと叩きつけられ、水飛沫を上げる列水竜。
その隙を逃さず、空と陸からセロとハーティーが疾風のごとく強襲する。
『ファイア・スラッシュ!』
『風刃雷爪!』
灼熱の刃と雷電を纏った鋭い嗅ぎかぎ爪が、無防備な列水竜の硬い青鱗を同時に引き裂き、激しい火花を散らす。
「ルシオラ、頼む!」
『一閃斬り!』
最後に控えていたルシオラの名前を呼ぶ。
地を蹴ったルシオラが高速で肉薄し、目にも留まらぬ横一文字の斬撃を叩き込む。
鋭い金属音が響き渡り、列水竜が苦悶の咆哮を上げた。
「ど、どうだ!?」
『手ごたえばっちりだよ!』
エデンの言う通り、連携は完璧に見えた。
だがしかし、列水竜を仕留めるには至らない。
浅瀬に打ち上げられた列水竜は再び川へと逃げ込もうと暴れまわる。
『まだ傷が浅いわ! はやく止めを!』
『オレがやります!』
『待て!』
追い打ちをかけようと飛び出しかけたセロとハーティーを、ルシオラの制止の声が止めた。
「ルシオラ……?」
『これは、私にやらせてくれ』
剣を低く構え直し、静かに列水竜を見つめるルシオラの瞳には、並々ならぬ執念と覚悟が宿っていた。
◆
「わかった。頼む、ルシオラ」
俺は一歩下がり、仲間たちを制した。
『いいの? このまま全員で攻撃すれば、確実に勝てるわ』
ハーティーが翼を羽ばたかせながら、心配そうに尋ねてくる。
「これはきっと、ルシオラの覚悟なんだ。それを見届けたい」
守ると誓った一族の仲間を失い、戦士としての命である利き腕に大けがを負った。
そして俺達のわがままで、火山竜に一矢報いることも諦めた。
ルシオラの戦士としての誇りに傷がつかないわけがない。
今のルシオラには、戦いで功績をあげること。
それ自体が、自分自身の証明に他ならない。
なら、止めることなどできなかった。
『がんばれ! ルシオラ!』
『負けるんじゃないわよ!』
『絶対にやれます!』
「勝てるさ、ルシオラなら!」
次々上がる声援に応えるように、ルシオラの身体から溢れ出た闘気が、青い魔力のオーラとなって刃に収束していく。
水辺という状況を忘れてしまうほどの、流れる様な踏み込みとともに放たれた、渾身の一撃。
『竜刃剣・双牙!』
交差する二筋の閃光。
列水竜の巨体が一瞬にして真っ二つに切り裂かれ、轟音とともに崩れ落ちた。
◆
その夜。
月光が静かに降り注ぐ、祭壇の前でルシオラは静かに佇んでいた。
美しいエメラルドグリーンの鱗が、月光を反射して幻想的な燐光を放っている。
「やぁ、ルシオラ。いい夜だね」
『来たか、レーベン。呼び出して、済まない』
「いいや、色々とやることが山積みだからね。気分転換に丁度良かったよ」
俺が祭壇に座り込むと、ルシオラは静かに自分の剣を見つめた。
使い込まれたそれは、今日の戦いで酷く歪んでしまっていた。
『進化のことを黙っていた理由は、わかっている。私が……この鱗を誇りに思っているからだ。そうだろう?』
「一族を大切に思ってる君だからこそ、仲間に誘ったんだ。なのに進化を迫るような行為は……したくなかった」
セロやハーティーを進化させながらも、俺がルシオラにだけ進化を勧めなかった理由。
それは自らの一族とその鱗を愛していたルシオラの気持ちに、無理やり選択を迫ることができなかったからだ。
進化をすれば確かに力を得られる。だがその姿は、以前とは異なるものになる。
ルシオラにとって大切な物はなにか。そう考えた時、俺は進化の話を切り出せずにいた。
『優しいな。そして……私が求める理想の主でもある。この身を、レーベン。いや、主様に捧げよう』
ルシオラは俺の前で片膝を折り、頭を垂れた。
決意の表れか、あるいは今日の戦いをケジメとしたのか。
いずれにしても、それを無下にはできない。
「その覚悟、確かに受け取った。これからもよろしく頼むよ、ルシオラ」
『承知した』
俺の手から溢れ出た魔力がルシオラを包み込む。
祭壇の魔石――列水竜の魔石がルシオラの魂と共鳴し、眩い青と銀の光柱となって天井へと吹き荒れる。
《契約完了。【Dランク/コバルト・リザード】は【Bランク/蒼竜人の剣聖・リヴァイアサン・フェンサー】へと進化します》
《 ステータスウィンドウ 》
【名 前】 ルシオラ
【種 族】 蒼竜人の剣聖 リヴァイアサン・フェンサー
【ランク】 Bランク
【レベル】 Lv. 22
【H P】 280 → 650
【M P】 50 → 200
【攻撃力】 250 → 400
【防御力】 200 → 350
【魔 力】 15 → 100
【所持魔法・魔技】
・『蒼竜刃剣・双牙』
:刹那の間に上下から水属性の極大斬撃を放ち、対象をかみ砕く魔技。
・『水無月・凪』
:水流のオーラを纏った特別な構えで、敵の攻撃を受け流す魔技。
・『タイダル・ストーム』
:自身の周囲に荒れ狂う巨大な水竜巻を複数発生させる大魔術。
◆
納まっていく光の最中、ルシオラの姿は劇的な変化を遂げていた。
今までの武骨な鱗がしなやかで光沢のある蒼銀の鱗へと変容し、甲冑のような骨格がそぎ落とされる。
残ったのは人間に近しい、凛とした流麗なシルエットだった。
ほどけた長髪が月光に透き通り、僅かな胸のふくらみと、しなやかな美しい女性の肉体が露わになる。
調子と確かめるように鱗の残っている手足を何度も動かし、そして頷いて見せた。
その傍らには歪んだはずの剣が、半透明の美しい細身の刀剣として蘇っていた。
『これが、新たな姿か。悪くない』
美しく透き通った女性の声。
絶句していた俺の口から、どうにか声を絞り出す。
「る、ルシオラって女の子だったの!?」
月光に照らされたルシオラの口元に笑みが浮かんでいたのは、見間違いではないだろう。




