8話
『ファイア・スラッシュ!!』
気合の入った叫びとともに、赤く輝く火炎の刃が一閃された。
セロの振るった長剣から放たれた灼熱の斬撃波が、標的となった魔物――ドレッド・ボアを真っ二つに切り裂き、激しい炎を上げて燃え上がらせる。
「よし! これで魔石も相当数集まったな。ご苦労様、セロ」
俺は腰のバッグに、倒した魔物たちから回収した輝く魔石を収めながら声をかけた。
進化を経たセロは誇らしげに剣を鞘へと収めた。
『いえ! この程度なら全くもって疲れてもいません! レーベン様に進化させていただいたこの大恩は、これからも剣を振るってお返ししていきます!』
『いいなぁ! 僕もセロみたいにかっこよく剣を持って戦いたいよ!』
「エデンは剣を持たなくたって、十分すごいじゃないか。この広大な村の土壌を維持して、美味しい作物や水を作ってくれてる。他の誰にも真似できない、最高の大活躍をしてくれてるよ」
『えヘへ、なんだか照れちゃうな』
頭を撫でてやると、エデンは嬉しそうに目を細めた。
その時、木陰で静かに剣の手入れをしていたルシオラの背中が視界に入った。
『ねぇ、レーベン。どうしたのかな、ルシオラ……。ここ数日、ずっと元気がないみたいだけど……』
エデンが心配そうに囁く。
俺は後でゆっくり話を聞こうと心に決めた。
◆
「水が足りない……か」
村の中央にある小屋。
俺はギド長老からの報告に眉をひそめた。
『はい。レーベン様にご指示いただいていた農地の開墾は非常に順調に進んでおります。ですが、農地が広がるにつれ、使う水の量も増えていまして』
「農地が広がれば、使う水が増えるのは当然の理屈だな……。エデンが作ってくれた小川の水は、村人たちの生活用水として使っている。これ以上、農業用に回すのは厳しい。新しくどこか別の場所から水を引いてくるしかないか」
『なら、わたしが空から探してきましょうか? 空から見下ろした方が、効率的でしょうし!』
小屋の入り口から、羽をパタパタと羽ばたかせながら顔を出したのは、数日前に保護したハーピィ――ハーティーだった。
傷もすっかり癒え、色鮮やかな羽毛が陽の光に美しく映えている。
「そうだな。上空からの探索ならハーピィの右に出るものはいない。頼めるか、ハーティー?」
『任せて! レーベンのお役に立ってみせるわ!』
『えー? ずるいよ、お姉さま! あたしもレーベン様のお役に立ちたいのに!』
後ろから、ハーティーの妹であるパティーがぴょんぴょんと跳ねながら顔を出した。
ハーティーは妹の頭を優しく撫で、微笑んだ。
『一緒に行けばいいでしょ。ほら、急ぐわよ!』
『やったぁ! じゃあ行ってきまーす、レーベン様!』
二羽のハーピィは風を捉え、勢いよく青空へと舞い上がっていった。
◆
「列水竜の住処、か……」
探索から戻ってきたハーティーたちの報告を聞き、俺は顎に手を当てて考え込んだ。
『そうなの! 川の中にこ〜んなにおっきな魚みたいな竜が泳いでたの!』
『場所は村から西へ進んだ先の渓谷ね。大きさ的には、この村の外に建ってる家ぐらいあったわ。あの竜の目を盗んで、川から水を引いてくるのは……正直、かなり難しいと思うわ』
ハーティーが神妙な面持ちで首を振る。
『しかし、その川以外となると、村からの距離が極端に開いてしまいます。水路を引くとなると膨大な労力と時間がかかりますぞ』
『時間がかかれば、他の魔物に襲われる回数も増えます。村を空ける時間も』
セロとギド長老が腕組みをして溜息をつく。
『ならさ! 僕の魔法でまた新しく別の小川を作るのはどうかな?』
エデンが意気揚々と提案してくれた。
「頼もしい限りなんだが、やめておこう。近くで地下水を汲み上げたら、いま使っている小川の水量が減って枯れるかもしれない。それに、これから村がどんどん広がるたびに、エデンに無理をして倒れられても困るからな」
『うぅ……それはそうだけど……』
エデンが不服そうに身体をすぼめる。
すると、それまで沈黙を守っていたルシオラが静かに一歩前に出た。
『簡単な話だ。その水竜を討伐すればいい』
「……できるのか?」
『我らリザードマンは、水辺での戦闘に長けている。入念に策を練り、準備を整えて挑めば、不可能ではない』
ルシオラの鋭い縦長の瞳に、強い意志が宿っていた。
「よし……じゃあ、ここはひとつ。ルシオラの案で行こう。列水竜を倒し、川から水路を引く。……ただ、決戦の前に一つ準備をしておきたい」
万全には万全を喫しておく必要がある。
万が一が起こって仲間に危害が及ぶのは勘弁だ。
首をかしげるハーティーに目を向ける。
『準備って、なにするの?』
「ハーティー。少し一緒に祠まで来てくれないか?」
◆
『ね、ねぇ……レーベン。わたし、まだなんの心の準備もできてなくて……』
夕暮れの静かな祠の中。
ハーティーは翼を小さく折りたたみ、不安げに上目遣いで俺を見つめていた。
「もちろん、無理強いをするつもりはないよ。君の意思を一番尊重したいんだ」
『ううん、嫌じゃないの! 気持ちには応えてあげたいんだけど……ただ、レーベンの気持ちを聞きたいっていうか……その……』
ハーティーは意を決したように胸元に手をやると、自身の翼の付け根から、一筋の最も美しい黄金色の『尾羽』を抜き取り、両手で俺の手の上にそっと載せてきた。
「これは……羽?」
『受け取った! 受け取ったわね、レーベン!!』
「ちょ、ちょっと待った! なにを納得しかけてるんだ!?」
ハーティーがパッと顔を輝かせて抱きつこうとしてきたので、俺は慌てて手で制した。
ハーピィ族の風習において、自らの『尾羽』を異性に手渡す行為は――生涯を共にする番としての『求婚』を意味するのだということを、俺はすっかり失念していたのだ。
結局、誤解を解いて、本題である進化の件を打ち明ける。
するとハーティーは拍子抜けなほどにあっさりと受けることを決断したのだった。
『つまり進化ってのを受けて欲しいってことね。別にいいわよ?』
「いいのか? そんな簡単に受けてしまって」
『わたしはね、ハーピィの一族と仲間を守る義務があるの。そしてもう、ここは私たちの新しく大切な『巣』でもあるわ。なら、協力できることは、なんでも協力するわ』
「ハーティー……ありがとう!」
俺は深く感謝し、ハーティーの手を握りしめた。
《契約完了。【Eランク/ウィンド・ハーピィ】は【Cランク/サンダー・ハルピュイア】へと進化します》
《 ステータスウィンドウ 》
【名 前】 ハーティー
【種 族】 サンダー・ハルピュイア
【ランク】 Cランク
【レベル】 Lv. 18
【H P】 60 → 150
【M P】 100 → 270
【攻撃力】 120 → 220
【防御力】 45 → 80
【魔 力】 120 → 350
【所持魔法・魔技】
・『風刃雷爪』
:両足の鋭い鉤爪に風と雷の二大属性を纏わせ、敵を切り裂く高威力撃爪技。
・『エアロ・ブラスト』
:巨大化した美しい翼を強く羽ばたかせ、暴風の塊を散弾状に撃ち出す射撃魔法。
・『雷雲同化』
:自ら生み出した雷雲の中に完璧に姿と魔力気配を隠す特殊魔技。
◆
祭壇の上には、一回り大きく、そして美しく進化したハーティーが立っていた。
爪と翼に紫電を散らせ、羽ばたくごとに祠に風が突き抜ける。
『なんだか……変な感じね。全身が驚くほど軽いわ』
「これできっと、今までよりも遥かに早く、高く飛べるようになったはずだ。これからも、よろしく頼むよ」
『えぇ、末永くよろしくお願いするわね、レーベン。……ふふ、早く私たちの新しい巣を、元気な子供たちでいっぱいにしたいわね?』
「その『私たち』っていうのは……」
『冗談よ』
ハーティーは悪戯っぽく微笑むと、疾風のように祠の外へと飛び去って行くのだった。




