7話
「だいぶ広がってきたなぁ」
木造の見張り台の上から、眼下に広がる光景を眺める。
魔物の襲撃をいち早く発見できるように作られたが、もっぱら俺のお気に入りスポットになっていた。
『これも全部、レーベンが毎日頑張って計画を立ててくれたからだよ!』
「それを手伝ってくれたみんなのおかげだろ」
見渡す光景は、つい先日までとは全く異なる。
手先の器用なコボルト達の協力によって作られた、木造の家々。
村の外周をぐるりと囲む、頑丈な防護柵と防壁。
その中央には蛇行して流れる小川と色鮮やかな花畑が広がっている。
さらに村の東側では小規模な開墾が進められており、エデンの特性『楽園の揺り籠』によって、早くも豊かな実りを迎えている。
このペースで開拓が進めば、飢えや寒さとは無縁の安全な生活が送れるようになるだろう。
『レーベン様! エデン殿! 少しお話ししたいことがございます!』
声が聞こえて顔を覗かせれば、見張り台の下にいたのはコボルト族の長老、ギド・コーボルだった。
普段の穏やかな表情とは一変し、切迫しているように見えた。
『なんだかすごく急いでたみたいだけど……。どうしたんだろ、ギド?』
「行こう。……なんだか嫌な予感がするな」
手早く梯子を降りて村の中央広場へと向かった。
◆
「この魔物達は……?」
広場に到着した俺の視界に入ったのは、傷つき、羽を休ませて倒れ込んでいる数体のハーピィたちだった。
腰を抜かしていたハーピィの若い女性が、力なく顔を上げ、大きな瞳で俺を見つめてくる。
『はい、防壁の外にいたところを保護いたしました。応急処置は私達で済ませてあります』
『あ、貴方が、レーベン……? ここの魔物達の長なの?』
「長を名乗ったことはないんだけどな。怪我の様子はどう?まだ痛むかな」
俺が膝をついて視線を合わせ、穏やかに尋ねると、ハーピィの女性は驚いたように目を見開いた。
『いいえ、大丈夫よ。その……ありがとう。助けてくれて』
「いや、無事でよかったよ。ギドとエデンのおかげだな」
『使ったのはレーベン様が始めた畑のものばかりですから。エデン殿と、レーベン様のおかげかと』
『ってことは僕を救ってくれたレーベンのおかげだよ!』
エデンが胸を張ると、ハーピィの女性は感心したように溜息をついた。
『本当に長じゃないの?』
「あぁ、本当だ。それで伝えたいことってのは……。」
俺が表情を引き締めると、ハーピィの女性の顔から笑みが消え、真剣な色が戻った。
『西の魔王……哭王フェンリルが現れたの。連中は、わたし達だけじゃない。他の魔物の住処も奪って回っているみたい。じきに、ここにくるかもしれないわ』
「ま、魔王と来たか。これだけ広い未開の領域なんだ、そういう規格外のやつがいてもおかしくはないか。それでその哭王? っていうのは?」
『アッシュ・ウルフを束ねる歴戦の長だ。その咆哮は天地を揺るがし、聞いた者の魂を奪い去るという』
俺の問いにルシオラが変わって答えるが、ハーピィの女性の身体が微かに震える。
「そんなのが、暴れまわってるのか。これからはその魔王のことを警戒しつつ、村を広げるとしよう。ありがとう、貴重な情報だ」
『もしかして、なにか勝てる算段があるの? 魔王は……普通の魔物じゃないのよ?』
「勝てるかと聞かれても、まだなんとも言えないな。けどこの村を簡単に明け渡す気もないよ。ここは俺達の村だからね」
俺が微笑むと、ハーピィの女性は羨ましそうに瞳を輝かせた。
『いいわね、そんな場所があって』
「君達さえ良ければ、傷が癒えるまで……いや、ずっとここにとどまってくれて構わないよ。仲間は多い方が心強いし……何より、賑やかな方が楽しいだろ?」
勢いが増して住人も増えてきた。
ここで少し増えたところで問題はない。
むしろ歓迎すべきことだ。
『しばらくは、そうさせてもらおうかしら。仲間達にも伝えておくわ』
「頼んだ。ギドは引き続き、ハーピィの治療を優先してくれ」
『どこかへ行かれるのですか?』
「問題が起こる前に対処する。そうだ、一族の中に優秀な戦士か狩人はいるか?」
『でしたらセロ・コーボルがおります。優秀な戦士にして優秀な狩人。きっとレーベン様のお目に適うでしょう』
◆
『わぁ! 祭壇を直したんだね!』
夕闇が迫る古い石造りの祠の中。
エデンが修復された綺麗な石の祭壇の周りを嬉しそうに飛んでいた。
「あぁ、コボルト達が手伝ってくれたんだ。グラナイト・ベアに壊されたままだと、色々と不便だったからな」
『不便?』
「まぁすぐに分かるよ」
丁度、祠の入り口から若いコボルトの青年が緊張した面持ちで足を踏み入れてきた。
背中には自作の弓と小剣を背負っている。
『セロ・コーボルです! お呼びでしょうか、レーベン様』
「来てくれてありがとう。それでさっそくなんだけど、君がコーボル一族で最も優れた戦士だと聞いたんだけど、本当かな?」
俺が尋ねると、セロは恥ずかしそうに耳を伏せ、拳を握りしめた。
『は、はい! で、ですが、あのインプ達には手も足も出ず……。戦士としては、まだまだ未熟者です』
「魔物との戦いは相性があるからね。でももっと力があれば、これからの困難にも対抗できる。そうは思わない?」
『それはもちろん! 二度と仲間に惨めな思いをさせないため、日々死に物狂いで鍛錬を続けております!』
『もしかして、レーベン。セロをここに呼んだってことは、そういうことなの?』
エデンが察したように大きな黒目を輝かせる。
「セロ・コーボル。君には今から、魔石を使って進化を施したいと思ってる。だが意に反することもしたくはない。嫌なら嫌と、正直に言ってほしい」
『その進化? というのは一体……。』
「もともとエデンは普通のスライムだったんだ。だけど進化を経て、この姿になった」
『え、エデン殿はこの楽園を作った方ですよね? 普通のスライムが、そこまでの力を……!?』
『ふふーん、そうだよ? レーベンが、こうしてくれたんだ! ただのスライムだった僕をね!』
胸を張るエデンを見つめ、セロは息をのんだ。
「だが、よく考えて決めて欲しい。進化にはまだ未知の部分も残ってる。俺も完全に理解している訳じゃないんだ」
俺が真剣な眼差しで見つめ返すと、セロは迷いを断ち切るように力強く胸に拳を当てた。
『いえ、受けます。受けさせてください! 今度は、オレの力で村を守りたい! レーベン様にお返しをしたいんです!』
「ありがとう。使う魔石は……この中から選んでくれ。多分だけど、使う魔石によってどう進化するかが変化するはずだ」
俺はバッグから、これまで保管していた魔石を祭壇の上に並べた。
セロは迷うことなく、ある一つの魔石に手を伸ばした。
『では、これを』
「いいのか? それは……あのインプの魔石だけど?」
『はい。この力は脅威でした。どんな形でもこれを俺の物にできれば……次こそは、絶対に負けません!』
強い覚悟が宿った瞳。俺は深く頷いた。
「目をつぶって、集中してくれ。行くぞ!」
『はい! お願いします!』
俺の全身から溢れ出た黄金の魔力が、セロの身体とインプの魔石を包み込む。
セロの強い意思と、魔石に込められた魔力が、俺の『交心』の力を介して激しく調和していく。
《契約完了。【Eランク/コボルト・ソルジャー】は【Cランク/コボルト・マジックソルジャー】へと進化します》
《 ステータスウィンドウ 》
【名 前】 セロ・コーボル
【種 族】 コボルト・マジックソルジャー
【ランク】 Cランク
【レベル】 Lv. 12
【H P】 70 → 180
【M P】 25 → 125
【攻撃力】 80 → 150
【防御力】 80 → 100
【魔 力】 30 → 170
【所持魔法・魔技】
・『ファイア・スラッシュ』
:下級炎魔法を剣へと付与し、斬撃を飛ばす魔法。
・『イグニ・アロー』
:放たれた矢を起点に爆炎魔法を起動させる魔技。
・『一族の証』
:周囲に一族のコボルトがいる場合、ステータスを上昇する。
◆
光が収束すると、そこには先ほどまでのコボルトの姿はなかった。
全身に赤い魔力の文様を宿し、荒々しい気配をまとわせた凛々しいコボルトが立っていた。
「よし……大成功だ!」
『す、すごい……! 力が……魔法の力が溢れてくる……!』
セロは確かめるように、両手を見つめていた。
体も二回りほど大きくなっている。
ぶんぶんと尻尾を振り回すそんな姿を見て、俺はすかさず提案する。
「じゃあさっそく、その実力を確かめに行こうか」




