6話
『ふたりとも! また外から魔物がやってきたよ!』
「大人気だな。今日のはどこから来たかわかるか?」
『えっと、森林の方かな。今回はなんだか物凄い数みたい!』
高台の南側、森林地帯は火山竜の被害が特に大きかったエリアだ。
そこに住まう魔物達も影響を受け、この高台に移動してくることが多々あった。
だがいずれも会話は出来ず、一方的に襲ってくるような魔物ばかりだ。
「今回も頼めるか? えっと……」
『好きに呼ぶがいい。リザードマンは人間のような個別の名を持たない。群れの中では、蛍の鱗の剣の者と呼ばれていた』
「蛍の鱗、か。なら……『ルシオラ』。頼む」
蛍石のような美しい鱗の持ち主だ。
ぴったりな名前だと名づけると、ルシオラは口もとに笑みを浮かべた。
『任された。エデン、案内を』
『ちょ、ちょっと待ってよ!』
ルシオラは、しなやかな跳躍で木々を飛び移りながら、目的地へと疾走していく。
それを見送り、俺も手斧を握り締めてその後を追う。
森の境界線へ辿り着くと、そこでは凄まじい大混乱が巻き起こっていた。
「な、なんだ……!? 魔物同士の縄張り争いか!?」
悲鳴を上げながら逃げ惑っているのは、犬のような頭部を持った魔物――コボルトの大群だ。
そしてそれを嘲笑いながら追い回し、炎の玉を打ち続けているのは蝙蝠のような翼を生やした魔物――インプだ。
懸命に応戦するコボルトだが、空を飛べるインプに成すすべもなく、一方的に追い詰められていた。
戦場のような有様を前に、思わず足がとまる。
しかしルシオラが素早く飛び出し、腰の長剣を一閃させて地に突き立てた。
『双方、即刻距離を取れ。これ以上この地に踏み込めば、斬る』
空気を震わせるような威圧と威嚇。
コボルトとインプの動きがぴたりと止まり、視線が集まる。
『た、助けてください! お願いです、このままでは我々は全滅させられてしまいます……!』
『おい、トカゲ! イバってもムダだぞ! オマエもついでにコロシテやる!』
過激な物言いのインプ達だが、その数は決して多くない。
それでいて数十匹はいるコボルトを追い詰めたのだ。
実力はかなりのものだ。
警戒しつつ、へたり込むコボルト達を庇うにエデンと共に前に出る。
「悪いがここで争うのはやめてくれないか」
『ニンゲンだ! ニンゲンがいるぞ!』
『な、なんでこんな魔物の死地に人間なんかがいるんだ……!?』
魔物達がギャーギャーと声を上げる。
うん、まぁ人間がいるのは不自然なのはわかる。
こんな場所に送られてくる人間は多くないのだから。
そんなことを考えていると、ルシオラが再び声を張り上げた。
『静まれ。ここから先はこの人間の縄張りであり、我らの領域だ。立ち入るのであれば相応の理由と許可が必要になる』
「ありがとう、ルシオラ。それで君たちはどんな理由でこの地にきたのかな? 暴れるつもりがないなら、大人しく通り過ぎてもらって構わないんだが」
別に全ての土地が俺達の縄張りだと主張する気はない。
だがこの高台の周辺は、少なくとも勝手に入られては困る。
どうにか話し合いで解決しようとするがしかし。
インプ達は舌を出して、下品な高笑いを上げた。
『バカなニンゲンめ! キョカがなんだ! コロセ! コロセ!』
『ひ、ひぃぃぃっ!?』
「話し合いはここまでだな。 エデン、水魔法で動きを止めろ! ルシオラはその隙に追撃だ!」
敵対したインプ達が魔法の詠唱を始める。
しかし準備を整えていたエデンは、すでに魔法の準備を整えていた。
ルシオラも準備は万全。すでに腰の剣に手を掛けている。
『シネ! ファイアー・ボール!』
『清らかな水源!!』
『ナ、ナニィィ!?』
インプの放った火球はエデンの作り出した濁流に呑まれ、そのまま空中を待っていたインプごと地面へ叩き落した。その衝撃と濁流でインプ達は身動きが取れず、地面でじたばたと暴れまわる。
『遅い! 一閃斬り!!』
インプ達が再び詠唱を始める、遥か前。
疾風のごとき鋭い踏み込みで、ルシオラが肉薄する。
剣の軌跡が、動きの鈍ったインプ達を一瞬で捕らえた。
数匹が一撃で霧散し、魔石となる。
それを見ていた残りのインプ達は、慌てて踵を返し逃げ去った。
『ニゲロ! ニゲロ! ホウコクだ!』
『ふふーん! 次また調子に乗って来たら、タダじゃ置かないんだからね!』
『今なら全滅させられるが、どうする?』
翼を広げて、満足げに胸を張るエデン。
一方のルシオラは、剣を収めずにインプ達を睨みつけていた。
流石にここを離れて追撃する必要はない。
「追い返すのが目的だ。倒すことじゃない」
『いいのか? やつらは執念深い。仕返しに仲間を呼んでくるかもしれない』
「その時はまた説得を試みるさ。失敗して戦うことになったら、またルシオラに迷惑をかけるかもだけど」
『……構わん。あの程度の敵ならば、どれだけ来ようと問題はない』
自信の表れか。
剣を納めるルシオラの尻尾が、ブンブンと振り回されていた。
◆
『あ、ありがとうございます……! 助けていただいて、なんと感謝を申し上げればよいか……』
コボルト達の中から、立派な髭を蓄えた老コボルトが歩み出る。
すると地面に頭がつくほど深々と頭を下げてきた。
「大変でしたね。俺はレーベン。こちらがエデンとルシオラです」
『私はコボルトのギド族が長、ギド・コーボルと申します。一族を代表して感謝を申し上げます』
『よろしくね! それでコーボル達は、なんであのインプ達に追われてたの?』
エデンが尋ねると、ギド長老は無念そうに耳を垂らし顔を歪めた。
『それが、未だに理由がわからないのです。インプ族は元々、意地悪ないたずら好きな種族ですが、あそこまで凶暴に攻撃的になったのは初めてでして。奴らの火魔法によって代々の住処を焼き払われ、命からがら逃げ出したのですが……』
『なんだよそれ、酷い連中だなぁ!』
エデンが怒りを露わにする。
ただ一方的に攻撃を受けて住処を奪われる、というのが気がかりだ。
話を聞くにこれまで双方は存在は知っていても、深くは関わってこなかったということになる。
なぜ今になって、敵対関係になったのか。
「それがさっきの惨状ってことか。ということは……今のあなた方には、行く当ても戻る場所もないんじゃ?」
『はい……まったくその通りでございます。ですが、どうかご心配なく! 我らコボルト族は、どのような厳しい土地であっても、穴を掘り、新たな住処を自分たちで作ることができますから!』
ギド長老は必死に胸を張ってみせた。
だがその後ろでは、十数匹のコボルト達が不安げな表情を浮かべている。
俺はルシオラと視線を交わした。
ルシオラは静かに頷き、俺の判断に委ねる姿勢を示してくれた。
「ギド長老、どうでしょう。この先の高台に移住されませんか? 我々も住み始めて間もないのですが、食料と水は潤沢にあります」
『い、良いのですか……!? 我らのような、流浪の民を受け入れてくださると!?』
「もちろんです。ただ、これから村を作っていくにあたって、建築や開拓作業に協力していただくことになりますが」
『なんなりとお申し付けください! 我ら一族、持てる技術と力のすべてを捧げ、どんな作業でもこなしてみせます、レーベン様!』
「さ、様……!? いえ、レーベンで結構ですよ」
『そんなわけにはまいりません! 命の恩人であり、我らに生きる場所をくださったお方! 我ら一族、死力を尽くしてお仕えさせていただきます!!』
ギド長老の呼びかけに応えるように、コボルト達が一斉に地面にひれ伏した。
少しばかり住人が増えれば賑やかになるかなと思っただけだったのだが……。
どうやらコボルトにとって住処の提供というのは重要なことらしかった。
後から図鑑を読み返して、魔物の特性を調べなおすことを誓うのだった。




