5話
まるで、前世で見た怪獣映画そのものだ。
紅蓮の一閃が大地を引き裂き、炎の海が緑を飲み込んでいく。
火山竜が放った一撃で、手つかずだった未開の森林は、瞬く間に灼熱の地獄へと変化しつつあった。
焦げ臭い熱風が、俺達のいる高台へと押し寄せる。
「エデン! 水魔法で、高台への延焼を防いでくれ!」
『任せて! 僕たちの家を守ってみせるから!』
エデンが上空へと舞い上がり、続けて空から水が降り注ぐ。
激しく水蒸気が立ち上り、高台付近の木々への延焼を鎮火していった。
「まるで天災だな……。あんな化物と戦うことになったら、一体どうすればいいんだ……」
火の山を背負い、山を容易く薙ぎ払う、その竜の脅威。
あれの進行方向が偶然にもそれていたから、今回は助かったに過ぎない。
この高台を直撃するような進路を取った場合、俺達にできることはあるのか。
想像しただけでも、ダラリと冷や汗が背中を伝う。
その時。
燃え盛る草むらから、焦げ臭い煙とともに何かが倒れ込んできた。
一瞬、身構えるがその何かの正体を見て、すぐさま駆け寄る。
「お、おい、大丈夫か!? まさか山火事に巻き込まれたのか!?」
俺の身の丈ほどもある人に近い体躯と、美しいエメラルドグリーンの鱗。
トカゲの特徴を持つ魔物、リザードマンだ。
全身の火傷が酷く、意識もはっきりとはしていない。
『に……げろ。ひとり、でも……多く……』
うわごとのように、何度も同じ言葉をつぶやいている。
全身には、生々しい重度の火傷。
肉の焼け焦げた、臭いが鼻を突く。
呼吸は浅く、今にも止まってしまいそうだった。
「死ぬなよ、絶対に!」
俺は腰のバッグからポーションを取り出し、躊躇なく栓を引き抜いた。
◆
火山竜の進行を見送って三日後。
『ここ、は……。』
そんな聞きなれない声が聞こえ、思わず振り返る。
祠の中で看病を続けてきたが、振り返ればリザードマンが体を起こしていた。
急いで駆け寄り、容体を確認する。
まぁ、医学を納めていないので素人の真似事だが。
「目が覚めたか、良かった。ポーションをありったけ使ったのが功を奏したな」
『レーベン、替えの水と果汁を持ってきたよ! それに効きそうな薬草も!』
「ありがとう、エデン。丁度、客人も目覚めたところだ。調子はどうかな」
リザードマンは警戒しているのか、近くにあった剣に手を伸ばし激しくむせ込んだ。
全身に火傷と傷を負っていたのだ。まだ治療を施して三日ほどしかたっていない。
強烈な痛みで、まともに動くこともできないはずだ。
『人間……? なぜ、人間が、このような場所に……』
『警戒しなくて大丈夫だよ! レーベンは人間だけど、僕達魔物と心を通わせられる凄い人間なんだ! 君の酷い火傷を治したのもレーベンなんだよ?』
「凄いかはさておき、その通り。こちらに争う気はない。色々と事情を聞きたいだけだ」
ゆっくりと立ち上がり、両手を上げる。
脅威がないことを示すと、リザードマンは深々とため息をついて、自分の体をまじまじと見つめた。
特に酷い怪我だった、右腕を。
『治療してくれたのか。感謝する。……だが他に、仲間を見かけなかったか? 緑色の鱗を持った、私と同族の者を』
「いいや、見ていないな。君はあの火山竜が暴れていた火の海の近くで、たった一人で倒れていたんだ。覚えてないか?」
『覚えている。忘れられる、はずがない。一族のため、仲間を逃すために殿を務めたのだ。だというのに、このザマだ……。』
リザードマンの視線は、近くに置いてあった剣に向けられていた。
どれほどの覚悟を持ってあの天災ともいえる魔物に立ち向かったのか。
その心中を察し、思わず問いかける。
「きっと大丈夫だ。その仲間達も、俺達が探しに行くこともできる。なぁ、エデン」
『任せて! 僕なら空からびゅーんって探すことだってできるから!』
「ということだ。俺達を頼ってはくれないか?」
数秒。いや、それ以上の沈黙が続く。
考えてみれば、初対面にも近い俺達を信用するというのは難しいだろう。
出過ぎたことを言ったかと、後悔し始めたその時。
『そうだ、祠だ。族長はあの火の山の化身から逃れるために、高台にあるという祠へ向かうと言っていた! そこに向かえば、仲間達もきっと――』
怪我のことなど忘れたかのように、リザードマンが嬉し気に語る。
仲間の居場所を思い出したことの喜びに、尻尾までぶんぶんと振り回していた。
だが、その話を聞いて、言葉に詰まってしまった。
なぜなら――
『えっと、その、高台の祠って、ここがそうだと思うよ』
リザードマンが目を見開く。
奥まで続く薄暗い洞窟。そのさなかに佇む古代の祭壇。
俺達以外の気配はなく、ただただ静かに涼し気な風が通り抜けるだけだ。
『そうか……。私だけか……』
漏れ出たような一言だった。
だがその声は想像以上に洞窟内に響き渡る。
だがそれに答える者は、誰もはいない。
返ってきたのは、沈黙だけだった。
◆
リザードマンが目を覚まして数時間後。
夕闇が迫る頃、リザードマンが祠の外に顔を出した。
驚きのあまり、思わず駆け寄る。
「動いて大丈夫なのか? ポーションを使ったとはいえ、重度の火傷がそう簡単に治るとは思えないが」
『問題ない。リザードマンの戦士は皆、幼少より痛みに慣れている』
「慣れているかより、治っているかを重要視して欲しいんだけどね」
『怪我を治している時間がない』
「どうするつもりんだ? 探しに行くのか、仲間を」
無理にでも祠から出てきたということは、ここを立ち去るつもりなのだろう。
その証拠に、腰にはあの分厚い剣が下げられていた。
どこか嫌な予感で問いかけた俺は、それが単なる予感でないことを知る。
『あの火の山の化身を……倒しに行く』
リザードマンはまっすぐと、煙の燻る山を見つめる。
未だに火山竜の痕跡が色濃く残る、その大地を。
「治療をしたのは、無理に戦いに向かわせるためじゃないんだけどな。それで、勝算はあるのか?」
『ない。これは弔いだ。奴に一撃……ただそれだけを入れることができれば、死んだ仲間達も浮かばれる』
「それが……本当に仲間達の望みなのか?」
『いいや、これは私の望みだ!』
血を吐くような叫びだった。
仲間を守れなかったこと、そして自分が生き残ってしまったこと。
目の前のリザードマンは自責の念に囚われている。
だからこそ俺は意を決して踏み込み、呼びかけた。
「実を言うとこの場所を、いずれは村にしたいと思ってるんだ。安全で食べ物にも困らない、そんな場所だ。そしてその村を守ってくれる頼もしい仲間を探している」
まっすぐにリザードマンの縦長の瞳を見つめ返した。
「君が引き受けてくれると本当に助かる。これほど仲間想いな君だからこそ、お願いしたいんだ」
この場所で生きていくには、ふたりでは難しい。
俺とエデンだけではいずれ限界が来るだろう。
だからこそ、なによりも情報が欲しいと思っていた。
どんな魔物が棲んでいた、どんなコミュニティを築いているのか。
そういった生き延びるために必要な情報が必要だと思っていたのだ。
だからこそ、リザードマンにはそれを提供してもらおうと考えていた。
しかし、今はもう違う。
この仲間思いのリザードマンになら、信頼して村の守りを任せられる。
いいや、違う。このリザードマンに任せたいのだ。
共に村の一員として生きていけると思ったから。
自分勝手な俺の望みを、リザードマンは時間を掛けて考えていた。
夕暮れが過ぎ、日が沈んでいく頃。
ただひとこと。
『……考えておこう』
リザードマンは短くそう答えると、静かに祠の中へと戻っていった。
それを陰から見ていらエデンと共に、追いかけるのだった。
今日は少しばかり、豪華な食事としゃれこもう。




