4話
「ふぅ……ひとまずは、こんなところかな」
俺は手に持っていた古びた手斧を腰のベルトに差し込み、腕で額の汗を拭った。
視線の先にあるのは、倒木と頑丈な石を組み合わせて組み上げた、急増の木造小屋だ。
俺達にとっては初めての建築物、そして『貯蔵庫』の第一号である。
『おはよう、レーベン! って、それどうしたの!?』
木々をかき分け、エデンが空中を舞いながら飛んできた。
背中に生えた二対の翼が羽ばたくたび、美しい黄金の光粒がキラキラと舞い落ちる。
大きな黒目をパチクリと丸くしながら、俺の作った小屋と俺の顔を交互に見つめていた。
「おはよう、エデン。これは貯蔵庫だ。これから拠点を大きく発展させていく中で、食べ物や道具を保管する場所が必要になるかと思ってな」
『そんなにお腹が空いてるなら、僕に言ってくれればよかったのに!』
「いや、周りの環境を一瞬で変えるあの魔法……『大地の恵み(グラシア・テラ)』は、体力を消耗するんだろ? あの後、二日も丸々寝っぱなしだったじゃないか」
『それは……そうだけれど……。』
「無理はしなくていいさ。エデンの特性のおかげで、周辺の植物の生育も驚くほど順調だ。それだけでも俺にとっては十分にありがたいことだよ」
『え、えへへ……そうかな?』
俺が頭部を優しく撫でると、エデンは嬉しそうに目を細めた。
エデンの持つ特性――『楽園の揺り籠』。
これは一定範囲内に存在するすべての植物の成長速度を早め、害虫や病気から護る常時発動型能力だ。
土壌をまるごと理想の農地へと変貌させる魔法『大地の恵み(グラシア・テラ)』との相性は完璧。
前世でモンスター育成ゲームをやり込んだ記憶から推察するに、特性やスキルの成長方向には明確な法則がある。
これからエデンのレベルが上がっていけば攻撃魔法ではなく、この土地を維持・強化するような支援や回復の魔法を覚えていくはずだ。
エデンが強化されれば、当然土地の使い方も増える。
想像するだけでゲーマー魂がくすぐられる。
「よし。だがその前に……」
ぐぅと情けない音を立てて鳴響く。
見れば地面でぐったりとするエデンが目に入った。
「まずは腹ごしらえをしておくか。朝飯にしよう」
◆
「よし、もうすぐスープが完成するぞ!」
手作りの土鍋から温かい湯気が立ち上り、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが広がる。
あとは付け合わせとして、近くの木から熟した朱色の果実を取ってくれば完璧だ。
そう思って立ち上がろうとした、その時だった。
『れ、レーベン! 大変だよ!』
周辺の探索に出ていたエデンが、翼を激しくバタつかせながら急降下してきた。
「わかってるって、腹が減って大変なんだろ。あと少しで完成だから待ってくれ」
『そうじゃないよ! なにか『ここ』に入ってきたみたい! たぶん、外からの魔物だと思う!』
「そこまで正確にわかるのか?」
『もちろん! なんたってここは、僕達の『テリトリー』だからね!』
エデンは胸を誇らしげにキュッと張ってみせた。
『大地の恵み』によって作られたこの領域全体が、エデンの感覚とリンクしているらしい。
招かれざる客がが入り込めば、リアルタイムで把握できるのだ。
「……対応しよう。準備するから少し待っててくれ」
『た、戦うの?』
「場合によってはな。だが、まずは話し合いだ。もしかしたら、エデンみたいに心を通わせられる魔物かもしれないだろ?」
腰の手斧を念のため確実に引き抜ける位置に直し、エデンの案内のもと、テリトリーの境界線となっている南側の森林地帯へと向かった。
湿った土の匂いと、生ぬるい風。
密林の生い茂る草むらをかき分けて現れたのは、醜悪な緑色の皮膚を持った下級の魔物。
言わずと知れた、ゴブリンの群れだった。
手には粗末な木棒を握り締め、目をギラつかせている。
鼻を刺すような独特の腐臭が漂ってきた。
『ど、どうかな……? お話できそう……?』
俺の肩の後ろに隠れるようにしながら、エデンが不安そうに囁く。
何度か交心を試みるも、その効果は見られない。
そもそもこちらの言葉が通じているのかも怪しい。
「難しいな……。能力を使うには一定以上のクラスや知性が必要みたいだ。そもそも知性がない相手や他の感情に心を支配されている魔物だと、話し合いもなにもない」
一方的に感情や言葉を受け取ることならできる。
食欲、繁殖欲、そして破壊衝動。
恐らく俺達に気付けば敵意や殺意も感じられるはずだ。
交心は感情や言葉でコミュニケーションが取れる能力だ。
つまり相手にこちらの意図が伝わるだけの知性か、心の余白が必要になる。
理性を失い、欲と衝動に支配されている魔物相手では、対話の余地など皆無だ。
そして交心を試みていた俺達を、ゴブリンの黄色い瞳が捕らえる。
『見つかったみたいだよ!』
「倒すしかないか。頼めるか、エデン」
『まかせて!』
グルルルと不気味な声を上げ、三体のゴブリンが涎を撒き散らしながら飛びかかってくる。
全神経を集中。契約を結んだエデンのステータス画面が脳裏に鮮やかに展開される。
《 ステータスウィンドウ 》
【名 前】 エデン
【種 族】 創世の万緑姫・エデンスライム
【ランク】 Aランク
【レベル】 Lv. 8
【H P】 150 / 150
【M P】 350 / 350
【攻撃力】 50
【防御力】 200
【魔 力】 900
【魔法】
・『清らかな水源』
:広範囲を浄化する巨大な聖水の濁流を召喚し、敵を押し流す。
・『大地の恵み(グラシア・テラ)』
:大地を一瞬で豊穣な農地へと変貌させる大魔法。
・『聖光の羽ばたき』
:光の粒子によって周囲の味方の疲労や軽度な傷を癒す。
ステータスの数値を見るに、魔物ごとに得手不得手があるのだろう。
そしてエデンは見るからに接近戦向きではないステータスだ。
どちらかというと、後衛の補助系に偏っている。
だが、クラスはA。あのグラナイト・ベアを押し返した魔法もある。
負けることはない、はずだ。
「少しでも危険だと感じたら、無理をしないで逃げてくれよ!」
『心配性だなぁ。けどわかったよ、レーベンの言う通りにする!』
「頼むぞ!」
◆
『清らかな水源!!』
エデンが魔法の言葉を唱え、頭上のハイロウが一段と輝きを放つ。
眩い青い陣が展開され、次の瞬間には激しい濁流がゴブリン達を飲み込んだ。
圧倒的な水圧と物量。
迫り寄っていた三匹のゴブリンは、声すら上げる間もなく激流の中に消えていった。
後に残ったのは、水にぬれた大地と静寂。そして小さな魔石だけだった。
《経験値を獲得。エデンのレベルが8→10に上がりました》
脳内に静かなシステムアナウンスが響く。
やはり戦闘をこなして、レベルが上がっていくシステムなのだろう。
体力や魔力も上がっているし、これから家を守る為にはレベル上げも重要になってきそうだ。
「一瞬だったな。さすがはエデン」
『以外と簡単な相手だったね! 楽勝だよ!』
くるりと空中を一回転し、誇らしげに胸を張るエデン。
「だが、これからは魔物が安易に迷い込まないよう、何らかの対策が必要だな」
『対策?』
「ああ。荒れ地だった頃と違って、飢えた魔物が匂いに誘われて集まってくる危険性が格段に高くなった。このままだと、今日みたいなことが続くかもしれない」
防壁を築くか、見張り台を作るか。
前世の記憶からするに、堀を作るのも有効そうだが、魔物相手にどれだけ効果があるのか。
そんなことを考えていると、エデンがふと動きを止め、周囲を見渡し始めた。
『ねぇ、レーベン。なんだか焦げくさい変な臭いがする。……それにあっちの方、空が変だよ』
「ん……? 変って、どういう……」
エデンの視線の先。
南の空を見上げ、息をのんだ。
青空を塗りつぶすような不気味な黒煙が湧き上がり、空を覆い尽くそうとしていたのだ。
「山火事か……? いや、違う! あれは――」
大地が割れ、鳥達が一斉に飛び立つ。
黒煙の最中から現れたそれは、天に向かって紅蓮を噴出した。
山肌さえ溶かしながら、空を引き裂いていく灼熱の炎。
絶望的な、その大きさと被害の規模に思わず息をのむ。
「あれは……火山竜ヴォルカン・レイドか!?」
解き放たれた赤き閃光が、遠くの万緑の大地を容赦なく引き裂いていく。
その進路上の物を……命を含めた、ありとあらゆるものを踏みつぶしながら。
あの姿は間違いない。
図鑑で見た、厄災級の魔物、ヴォルカン・レイド。
国家が総力を挙げて撃退する魔物である。




