3話
溢れ出した光が、薄暗い石造りの祠を眩い白銀で染め上げた。
「う……あ……っ!」
強烈な光に思わず目を細める。
だが、その光は決して恐ろしいものではなかった。
全身を優しく包み込むようなあたたかさが伝わってくる。
俺と、スライムと、そして祭壇にあった古代の魔石。
三者を繋ぐ回路――契約。
それは『交心』のもうひとつの能力。
魔物と『契約』を結ぶことで、魔石の力を利用してその能力を最大限に引き出すこと。
契約を結ぶには相互の信頼関係が必要となる。
そしてスライムは俺を受け入れてくれたのだ。
光が納まり、俺の脳内へと直接、情報が流れ込んできた。
《契約完了。【Fランク/スライム】は【Aランク/創世の万緑姫・エデンスライム】へと覚醒進化します》
「覚醒進化……?」
疑問に思う暇もなく、光の柱がゆっくりと収まっていく。
光が完全に消え去った時、そこにいたのは小さく儚げなスライムではなかった。
一回り大きくなり、その体色は透き通ったブルーサファイアと黄金色の粒子が揺らめいている。
背中には天使を彷彿とさせる巨大で幻想的な二対の翼。
頭部には幾何学的な模様を有した、どこか機械的なハイロウが浮かんでいる。
まるで別の魔物――というより、実際に別種の魔物になったのだ。
驚きを隠せずにいると、スライムは振り返り笑みを浮かべた。
『……あ……お兄さん! 助けてくれてありがとう!』
可憐で凛とした声が響く。
「言葉が……ハッキリと通じている?」
驚く俺の前に、エデン・スライムが毅然と立ちはだかった。
『お兄さんには、指一本触れさせないんだから!』
『グルオオオオオンッ!!』
警戒していた光が納まったからだろう。
グラナイト・ベアが、痺れを切らしたように咆哮を上げて襲いかかってくる。
いくらスライムが一回り大きくなったとはいえ、その対格差は圧倒的だ。
だが、スライムは焦った様子を微塵も見せない。
『清らかな水源!!』
鼓膜を打ち付ける様な、衝撃音。
激しく水を打ち付ける音が響き渡る。
祠の床から、突如として巨大な水の濁流が激しく噴き出した。
それはまるで竜巻のような激流となり、グラナイト・ベアを飲み込む。
『グガァァァっ!?』
巨体が、まるで羽毛のように簡単に押し流されていく。
濁流はそのままグラナイト・ベアを祠の外へと豪快に弾き飛ばすと、そのまま数十メートル先の大木まで押し流していった。
完全に戦意を喪失したグラナイト・ベアは、命からがら森の奥へと逃げ出していく。
あれほどに死を覚悟した相手を、あっさりと撃退したのだ。
思わずその光景を前に、声が漏れる。
「まさか、グラナイト・ベアに勝てるなんてな」
『えへへ! お兄さんの温かい魔力がいっぱい流れてきて、力が溢れてるんだ! 僕、すごくなったでしょ!』
スライムあらためエデン・スライムは空中を一回転すると、嬉しそうに俺の胸へと飛び込んできた。
抱き留めると、最高の弾力とともに、どこか植物の甘い香りが広がった。
グラナイト・ベアを退けた結果にも驚いた。
だがこうして魔物と言葉で会話できている事に、深い感動を覚えていた。
「ああ、すごいなんてレベルじゃない! ほんとうにありがとう!」
『お兄さんは命の恩人だからなね! これぐらいの恩返しは当然だよ!』
俺はエデン・スライムをしっかり抱きかかえ、祠の外へ向かう。
しかし、外へ出た俺を待っていたのは、さらなる驚きだった。
先ほどまで岩肌が目立っていた岩壁地帯だったが、徐々に植物が広がり始めているのだ。
「これも、まさかエデン・スライムのおかげなのか?」
明らかに植物が自然に成長する速度ではない。
ふと視線を下に向けると、こちらを見上げるエデン・スライムと目が合った。
その表情はどこか自慢げだ。
『お兄さん、ここで暮らしたいんでしょ? なら僕に任せて!』
腕の中からスルリと抜け出したエデン・スライム。
そして丁度いい広場の中心へと向かうと、そのハイロウが不思議な光を蓄え始める。
光が十分に集まった瞬間。
『大地の恵み(グラシア・テラ)!!』
その瞬間、信じられない奇跡が起きた。
エデン・スライムが足元から、波紋が広がるように鮮やかな緑の絨毯が広がり始めたのだ。
「な……なにが起きてるんだ……!?」
それは凄まじい勢いで広がり、祠の周囲に広がっていた荒れ地を覆い尽くしていく。
岩肌が砕け散り、そこから澄み切った清流が沸き立って流れる。
地面からは次々と色鮮やかな花々が芽吹き、熟した果実をつける大木が一瞬で急成長した。
数分前までは荒れ地だった場所が、今では清らかな水と果物が成る楽園へと生まれ変わったのだ。
凄まじい変貌ぶりに、感嘆の声を上げる。
「うそだろ」
『頑張っちゃった! お兄さん、ここを僕とお兄さんの家にしようよ!』
仕事を終えて満足げなエデン・スライムが俺の足元へ寄ってきた。
満面の笑顔で飛び込んでくるエデン・スライムを、俺は正面から抱きとめる。
「ああ、ありがとう。ここを俺達の、最高の家にしよう!」
聖王国から異端者と蔑まれ、追い出された。
誰も生きて戻れないと恐れられた死の大地に。
確かに危険は潜んでいる。
だがそれと引き換えに、社会に縛られない自由がここにはある。
そして俺の力を認めて、受け入れてくれる最高の仲間も。
聖ルミナス王国では手に入らない、自由な生活をここで手に入れて見せる。
二度目の人生を掛けて、仲間と共に。
これは世界中を驚愕させ、あらゆる魔物たちが憧れることになる大国と、そこに住まう男の物語。
その歴史はこの小さな楽園から静かに幕を開けたのだった。




