12話
聖ルミナス王国、その中央に聳え立つ『ルミナス大聖堂』。
絢爛豪華なステンドグラスから差し込む七色の光が、白大理石で飾られた壮大な最高議場を照らし出していた。
中央の円卓に座すのは、聖王に次ぐ権力者であるふたりの男。
宗教権力の頂点たる大司教――深謀遠慮で知られる大司教ベルクと、野心家で厳格な大司教サンタラ。
重厚な静寂の中、大司教ベルクが静かに胸元で聖印を結び、低く厳かな声を響かせた。
「聖なる教え、そして聖なる守護に感謝します」
その祈りに倣い、居並ぶ司祭や高位聖職者たちが一斉に頭を垂れる。
儀礼的な祈りが終わると、大司教サンタラが鋭い眼差しを重装の甲冑に身を包んだ男へと向けた。
「さて、聖騎士団団長マルクス。今日の議会を要請したのは、そなただったな」
マルクスは金糸の刺繍が施された白銀のマントを翻し、堂々とした足取りで円卓の前へと進み出た。
「お集まりいただき、ありがとうございます。本日、私が大司教の皆様にご報告いたしますのは、火山竜の進路とその影響についてです」
マルクスの言葉に、大司教ベルクが緩やかに白髪の頭を揺らした。
「あの火の山を背負った竜のことか。断絶の領域と聖王国を隔てる大門の近くにも表れたと聞くが……。」
「ご安心を。門と防壁への影響はありません。我らが聖なる守りと騎士団の実力をもってすれば、魔物は壁の影を踏むことさえ叶いません」
マルクスは不敵な笑みを浮かべ、胸を張って傲慢に言い放った。
しかし、大司教サンタラはその言葉の裏にある不穏な気配を逃さず、冷ややかな視線を投げる。
「ほう、ならばなぜ今更そんな報告のために我らを召集したのだ? マルクス」
問われたマルクスは、目をギラつかせ、冷酷な野心に満ちた声で告げた。
「我が聖王国の真なる繁栄のため、火山竜を利用することを提案いたしたく」
「……なに?」
議場にどよめきが広がる。
大司教ベルクが眉をひそめる中、マルクスは薄汚い笑みを深くして言葉を重ねた。
「ご存知の通り、あの忌まわしい獣人共が北の湿地帯から大平原にかけて睨みを利かせており、聖王国の発展に大きな妨げとなっているのは周知の事実。であればこそ、現状の打開策として火山竜の利用を進言いたします!」
死の災厄たる火山竜の進行を、他種族に向けさせて壊滅させるという悪辣な作戦。
だが大司教サンタラが顎に手を当て、冷徹な損益計算を頭の中で弾き弾き呟いた。
「団長殿の言う通り火山竜が獣人の都を破壊すれば、確かに大平原を掌握することも可能だろう。だがそれは、星が落ちる位置を誘導しようとすることと同意義ではないかね?」
「聖都における第二騎士団が新型の兵器を開発いたしました。この兵器を使えば、火山竜を追い払うことのみならず、追い立てることも可能かと」
マルクスが誇らしげに胸を叩く。
だが、大司教ベルクは慎重な姿勢を崩さず、静かに首を振った。
「ふむ、なるほど。だが断絶の領域は魔物が跋扈する死の領域。兵器の運用に騎士や兵士を送り込み、魔王に遭遇すれば全滅は必至だ」
「だからこそ、我らが向かうのです。聖王国騎士団が、魔王であろうと打ち滅ぼして見せましょう」
自身の力を信疑疑わぬマルクスの過信。
大司教サンタラが鋭い瞳でマルクスを射貫く。
「魔王はAランクの魔物が高レベルに至った存在だとされている。勝てるのか?」
「聖なる剣にして聖王国に害する悪を払う光。それが我ら聖騎士団であればこそ。総力を持ってして当たれば、討伐は可能かと」
マルクスの自満に満ちた声が議場に響き渡った――まさに、その瞬間だった。
バンッ!! と重厚な議場の扉が乱暴に押し開かれた。
「ほ、報告いたします! 西の断崖の魔王が消滅いたしました!」
息を切らせ、汗だくで駆け込んできたのは占星術師の衣装を纏った騎士だった。
その報告に、大司教ベルクが驚愕のあまり椅子から立ち上がりかけた。
「哭王フェンリルが!? それは確かな情報なのかね?」
「ま、間違いありません、ベスク司祭。私と騎士達による占星術によって追跡していました」
青ざめるベスク司祭に対し、マルクスの隣に控えていた聖騎士団副団長が、静かに一歩前に出た。
大司教サンタラが副団長を見つめ、低く呟く。
「副団長殿は類まれな占星術の使い手だと聞いている。あの火山竜の進行をも言い当てという話だ。信憑性は高い」
「ふははは! 素晴らしい報告ではないか、副団長! これで我らの計画を進めやすくなりますな!」
マルクスが不快なほど高らかに笑い声を上げた。
自分たちを脅かす恐ろしい魔王が勝手に消えてくれたのだと狂喜したのだ。
だが副団長は、淡々と首を横に振った。
「そう簡単ではないのですよ、騎士団長殿」
大司教ベルクが嫌な予感を覚えて眉間を寄せる。
「フェンリルが消滅した理由はわかっているのかね?」
「それが……その……複数の魔王級によって、討伐されたものかと」
議場に沈黙が訪れる。
大司教サンタラが身を乗り出し、鋭く問いただした。
「魔王級とは? 魔王と呼ばれる魔物は現在4体しか確認されていないのだろう?」
「フェンリルと交戦した位置には、魔王に匹敵するだけの力を持ったモンスターが複数集まっており……。それらを現在、魔王級と呼称しております」
副団長の言葉は、恐ろしい事実を示していた。
これまで前前未到の死地であった未開の領域のただ中に、魔王フェンリルを討伐できるような、圧倒的な超常の化け物たちの『群れ』が存在しているということだ。
大司教ベルクと大司教サンタラの二人が、刺すような冷ややかな眼差しをマルクスへと向けた。
「騎士団長殿。その魔王を滅ぼした魔物が、我らの前に現れた場合。我々は勝てるのか?」
大司教からの突き刺さるような問いかけに、さっきまで勝ち誇っていたマルクスの顔が死人のように強張り、だらりと冷や汗が額から垂れ落ちた。
「……兵器の完成を急がせましょう。この聖なる国の大地が、悪しき魔物に踏み荒らされる前に」
成長しつつある恐るべき脅威に震えるマルクスの声だけが、虚しく大聖堂に響き渡るのだった。




