11話
「こ、こんなに村に住民が集まっていたんだな。さすがに威圧感があるというか、なんというか……。」
中央広場に特設された木造ステージの上。
俺は眼下にひしめく数百体もの魔物たちの熱気と視線に圧され、生唾を呑み込んだ。
コボルト、ハーピィ、そして様々な野良の魔物たち。
これほど多くの種族が一堂に集まり、自分一人の言葉を待っているという光景は、前世の社畜時代にも、聖王国の雑用係だった頃にも経験したことがない。緊張で喉がカラカラに乾いていた。
『大丈夫だよ! みんなレーベンを頼ってこの村に来たんだから!』
エデンがパタパタと羽ばたかせて励ましてくれる。
『主様はこの村の長。誰もがそれを認めているからこそ、皆はここにいる。胸を張れ』
左後ろに佇むルシオラも、まっすぐに俺の背中を支えてくれた。
俺は大きく深呼吸を一つすると、腹に力を込めて集まった住人たちを見渡した。
「みんな集まってくれてありがとう。この村の長……の真似事をしている、レーベンだ」
『もう、しっかりしなさいよ!』
上空を旋回していたハーティーから、呆れ混じりの明るい突っ込みが飛ぶ。
緊張で固まっていた広場の空気が和らぎ、小さな笑いが波のように広がった。
「みんなには村の発展に貢献してもらって、感謝している。俺だけじゃあ、ここまで村を発展させることはできなかっただろう」
広場に広がる立派な家屋、頑丈な防衛柵、青々と育つ農地。
そのどれもが、ここにいる全員が汗を流して作り上げてくれた宝物だ。
「今日集まってもらったのは、もちろん感謝を伝えるためでもあるが、それと同じく考えて欲しいことがあるからだ。それはこれからの村のことにも大きく関係して――」
俺が本題に入ろうとした、その時だった。
遥か空から、烈風を切る激しい羽ばたき音が迫ってきた。
『レーベン! 大変、大変だよ!』
パティーが、青ざめた顔で急降下してきた。その羽毛は恐怖で逆立ち、息を乱している。
『パティー、どうしたの!?』
『あの狼が……フェンリルがこっちに向かってる!』
◆
パティーの叫びは、広場を満たしていた温かい雰囲気を一瞬で打ち砕いた。
『西の魔王が、どうしてこんなところまで!?』
『せっかく逃げてきたのに、これじゃあもう……。』
『終わりだ、なにもかも!』
住処を追われてこの高台へと逃げ延びてきた魔物達だ。
パニックの波が広がり、子供を抱きかかえて逃げ出そうとする者さえ現れた。
「落ち着け!」
腹の底から放った俺の叫びが、広場の混乱をピタリと打ち消した。
俺はステージの端まで進み出て、怯える住人達へと声を掛けた。
「俺達はこの時の為に、準備を進めてきたはずだ。そして今では、頼れる仲間達もいる」
『レーベンと築き上げたこの場所を守りたい。だから僕は戦うよ』
『私は主様の刃だ。敵は、滅する』
『俺も全力を尽くします!』
『わたしも、手伝ってあげる』
エデン、ルシオラ、セロ、ハーティー。
一歩も引かずに前を見据える頼もしい仲間たちの姿を示しながら、俺は強く拳を握り締めた。
「西の魔王、哭王フェンリルには奪わせはしない。この村から、なにひとつとして!」
言葉はさざ波のように伝播し、そして住人達の顔から恐怖が薄れていく。
『や、やってやる! あの狼に一矢報いてやる!』
『この村のために……レーベン様のために戦います!』
『勝ちましょう! レーベン様!』
一人、また一人と叫び声が上がり、広場は大きな歓声の渦となった。
拳を突き上げ、そして住人達の心に向かって叫ぶ。
「共に、勝利を!」
◆
村の外周防壁。押し寄せてきた灰色の巨大な狼のモンスター――アッシュ・ウルフの大群に対し、あらかじめ練り上げられた緻密な防衛陣形が敷かれていた。
『防護柵を使ってください! 前には出ずに、飛び道具で対処を!』
前線でセロが指示を飛ばし、防護柵の隙間からコボルトの弓兵部隊が一斉に矢を放つ。
上空からはハーピィ族が鋭い岩石を投下し、突撃してくる狼たちを削っていく。
『この狼共め!』
『あ、集まってきやがった! どうするんだ!?』
数に物を言わせ、丸太の防護柵へ噛みつき、よじ登ろうとする無数の狼に恐怖の声が上がる。
「よし、エデン! 次のフェーズだ!」
『任せて! 清らかな水源!』
高台の地面から凄まじい水柱が何本も噴き出した。
巨大な聖水の濁流が柵に群がる狼の群れを容赦なく押し流し、陣形をかき乱す。
「セロ、ルシオラ!」
『了解です!』
『承知した!』
すかさず飛び出したセロとルシオラの攻撃が、体制を崩した狼たちを次々と叩き切っていく。
アッシュ・ウルフの数はみるみる内に減っていく。
「このまま順当に進んでくれればいいんだが――」
俺が安堵しかけた、その瞬間だった。
『ゴワァァァァァアアアアアア!!』
大気を、大地を激しく揺さぶる凄まじい咆哮が森の奥から轟いた。
その圧倒的な音圧だけで木々が吹き飛び、防護柵が木っ端微塵に粉砕される。
煙の中から現れたのは、黒銀の毛並みを誇る巨体――西の魔王『哭王フェンリル』だった。
赤く爛々と光る双眸が、俺たちを冷酷に見下ろしている。
「さすがに、そうもいかないか……。」
『この粗末な守りの根城で、オレの群れの攻撃を防げると思ったのか?』
人間を遥かに凌駕する知性と悪意が混じった声が、耳を打つ。
「粗末か。奪うことしか頭にないお前には、そう見えるのか」
『見えるのではない。事実だ、人間。だが安心しろ。はらわたを食いちぎられる頃には、お前もそれを理解するだろう』
死の予感が背筋を駆け抜ける。
『れ、レーベン様! 撤退しましょう! 弓兵部隊は撤退しつつ、矢を射続けろ!』
後方からギド長老の悲鳴のような叫びが響いた。
◆
村の中央広場まで撤退し、門を閉じることには成功した。
しかしその門も、魔王の前ではないも同然だった。
一瞬のうちに木っ端微塵に粉砕され、フェンリルは悠々と広場に侵入してきた。
『あまりに脆弱。この程度ならば、オレが出てくる必要さえなかったな』
フェンリルが一歩前へ足を踏み出すだけで、周囲の空気が重重しく凍りつく。
「まだだ! 槍投げ部隊は前へ!」
『邪魔だ! 戦慄の咆哮!!』
空気が爆ぜるような咆哮が放たれた。
『か、体が、動かない……。』
『こ、これが、哭王の力なの?』
咆哮と共に体を貫く恐怖の波。直撃を受けたセロやエデンが地面に倒れ、苦し気に呻く。
フェンリルはこともなげに、そして悠然と俺の眼の前へと歩み寄ってきた。
『ほう、俺の咆哮を受けてまだ生きているか、人間。だが死を悟った匂いを感じるぞ?よほど堪えたと見える』
「この村の、長だからな。そんな大声を聞いただけで、死ぬわけにはいかない」
『ならばこの牙を持って、お前に死をくれてやろう!』
フェンリルが巨大なアゴを開き、俺の首元を噛みちぎらんと飛びかかってきた――その瞬間。
「今だ! パティー! セロ!」
『これでも、くらえ!』
『ふ、ファイア・スラッシュ!』
上空で距離を取っていたパティーが投げつけた瓶がフェンリルの顔面で炸裂し、間髪入れずにセロの炎の斬撃がその鼻先を直撃する。
『なにをするかと思えば、オレが誰か知らないのか? 西の魔王、哭王フェンリルだ。お前達のような雑魚の攻撃など、通用するものか』
その爆煙の中から、傷一つ負っていないフェンリルが現れる。
「それは、マンドラゴラの煮汁だ。仲間達が手分けして作ってくれたんだ」
『ははは、見てみろ、お前達の長は気がふれたらしい。脆弱な種族如きが、オレに歯向かうからだ。大人しく奪われていればいいものを』
「お前が破壊した防護柵も、あの入口にある門も、この村の殆どがそうだ。俺じゃなく、仲間達の努力で成り立っている」
俺はゆっくりと、勝利の合図となる右手を高く掲げた。
「だから俺は、その気持ちに応えたい。いいや、応えなきゃいけないんだ! エデン!」
『清らかな水源!』
水の吹き出すフェンリルの足元の土壌が一瞬で崩壊し、あらかじめ掘られていた巨大な落とし穴へと巨体が落ち込んでいく。
『落とし穴だと? 何度も何度も、無駄なことを。この魔王には通用しないと言っているだろう』
「あぁ、罠が本命じゃないんでな」
『なにを――』
空を見上げれば、蒼銀の流星が降ってくるのが見えた。
それはハーティーがルシオラを抱えて最高速度で落下してくる姿だった。
巨体が丸ごと落とし穴に嵌り、俺を睨みつけるフェンリルの、その首元へと飛来する。
『蒼竜刃剣・双牙!』
ルシオラの水流を纏った双刃が、フェンリルの最も柔らかい無防備な喉元を完璧に捕らえる。
流星の如き蒼き斬撃は、いともたやすく巨狼の首を切り裂いた。
◆
『お喋りに夢中だったみたいね、この子犬さんは』
『ふん! 貴様の牙なぞ、我が主様に届くはずがあるまい』
『ば、馬鹿な、馬鹿な馬鹿なぁぁああ! この魔王が人間如きに!?』
喉を深く切り裂かれたフェンリルが、激しい返り血を吹き出しながら地響きとともに崩れ落ちる。
「マンドラゴラの煮汁はお前の嗅覚を潰すための作戦だ。お前がその魔王という肩書に執着し、こちらを見くびってくれて助かったよ」
アッシュ・ウルフ特有の鋭すぎる嗅覚を事前に潰し、慢心によってルシオラの奇襲を許したフェンリルの敗北だった。
『勝ったつもりだろうが、お前は、もう引き戻れない。絶望するその時が、楽しみ、だ……。』
フェンリルは最後に憎悪の籠もった不吉な言葉を残し、その瞳から光が消えた。
静まり返る戦場。俺は固く握り締めた拳を、青空に向かって高く突き上げた。
「哭王フェンリルは打ち取った! 俺達の、勝利だ!」
その声とともに、村全体を揺るがすような大歓声が、大空へと突き抜けていったのだった。
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