第八話 姫様、お買い物に行く
休日の朝。
ルナは大きく伸びをしながら窓を開けた。
「いい天気!」
朝日が部屋いっぱいに差し込む。
その光景を見つめながら、千眼の執事は静かに頭を下げた。
「姫様。本日のご予定はいかがなさいますか?」
ルナは振り返ると、にっこり笑う。
「今日はユイとお買い物!」
「……」
一瞬だけ、部屋の空気が止まった。
「姫様」
「なあに?」
「護衛を百名ほど──」
「多いよ」
「では五十名」
「減ってないよ」
「三十名」
「一人」
「……十名」
「一人!」
執事は深く考え込む。
ルナは頬を膨らませた。
「みんな心配しすぎなんだから」
その言葉に、天井裏や壁の中に潜んでいた怪異たちが小さくざわめく。
「姫様のお命は世界より重い」
「むしろ世界を畳んで姫様だけ守るべきでは?」
「それは名案だ」
「名案じゃないよ!」
ルナが慌てて止める。
怪異たちは少ししょんぼりした。
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待ち合わせ場所。
「ルナー!」
ユイが元気よく駆け寄ってくる。
「お待たせ!」
「ううん、私も今来たところ!」
二人は並んで商店街を歩き始めた。
その少し後ろを、スーツ姿の執事が静かについていく。
そして、そのさらに遠くでは。
「姫様の右後方、異常なし」
「左上空も異常なし」
「猫が近づいています」
「安全な猫です」
「よし、通せ」
誰にも見えない怪異たちが真剣な表情で護衛を続けていた。
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「このお店かわいい!」
ユイが雑貨屋へ飛び込む。
ルナも目を輝かせる。
「わぁ……!」
小さなぬいぐるみ。
星形の髪飾り。
色とりどりのアクセサリー。
全部が初めて見るものだった。
「これ……かわいい」
ルナが白い猫のぬいぐるみを抱き上げる。
その姿を見た怪異たちは一斉に息を呑んだ。
「かわいい……」
「姫様が猫を抱いておられる……」
「今すぐ世界中の猫を献上しよう」
「姫様専用の王国も必要では?」
「だからいらないってば!」
ルナのツッコミが飛ぶ。
ユイは不思議そうに首を傾げた。
「ルナ? 誰と話してるの?」
「あっ……」
ルナは慌てて笑う。
「ひ、独り言!」
「変なの」
ユイはくすっと笑った。
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その帰り道。
小さな男の子がしゃがみ込んで泣いていた。
「うぅ……お母さん……」
ルナはすぐに駆け寄る。
「どうしたの?」
「迷子なの……」
男の子は涙をこぼしながら頷いた。
ルナは男の子と目線を合わせ、優しく微笑む。
「大丈夫。一緒に探そう?」
その笑顔だけで、男の子は少し安心したようだった。
怪異たちは静かにその様子を見守る。
「姫様は、本当にお優しい」
「だから我らは、お仕えしたいのだ」
執事も小さく目を細めた。
「ええ。姫様の願いこそ、我らの願いです」
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迷子センターで男の子を母親へ引き渡すと、女性は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございました!」
「えへへ」
ルナは少し照れくさそうに笑う。
その笑顔を見た母親は、ふと呟いた。
「あなた……まるで天使みたいね」
ルナは首を傾げた。
「天使?」
「うん。優しい子ってこと」
「そっか」
ルナは嬉しそうに微笑んだ。
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その日の夜。
怪異たちが集う広間。
「本日の姫様も、大変お可愛らしかった」
「ぬいぐるみを抱くお姿……尊い」
「写真が撮れればよかったのだが」
「姫様は嫌がられる」
「……反省」
そんな和やかな空気の中、一体の怪異が駆け込んできた。
「報告です!」
広間の空気が一変する。
「何事だ」
「……姫様を探している者がいます」
「誰だ」
怪異はゆっくりと答えた。
「人間でも怪異でもありません」
「我らが一度滅ぼしたはずの存在──」
「『災厄』です」
その言葉に、誰一人として声を発さなかった。
長い沈黙のあと。
執事が静かに命じる。
「姫様には知らせるな」
「何があろうと」
「我らが命に代えて、お守りする」
怪異たちは一斉に頭を下げた。
「御意」




