第五話 姫様、過去を思い出す
夜。
人間たちが眠りにつく頃。
ルナは一人、窓の外を眺めていた。
「……月、きれい」
学校。
友達。
笑顔。
全部が楽しい。
でも。
時々、胸の奥が痛くなる。
「……なんだろう」
忘れている何かがある。
大切な何か。
⸻
「姫様」
後ろから声がした。
振り返ると、《千眼の執事》が立っていた。
「どうしたの?」
「……少し、昔のお話をしてもよろしいでしょうか」
ルナは首を傾げる。
「昔?」
「はい」
執事は静かに語り始めた。
⸻
遥か昔。
まだ人間と怪異が分かり合えなかった時代。
怪異たちは恐れられていた。
力ある者が弱い者を支配する。
それが当たり前だった。
そんな時。
一人の少女が現れた。
小さな身体。
優しい瞳。
けれど。
誰よりも強い力を持つ存在。
「その方が、姫様です」
ルナは黙って聞いていた。
「私……?」
「はい」
⸻
昔の怪異たちは、力こそ全てだと思っていた。
強い怪異が上。
弱い怪異は消える。
そんな世界だった。
しかし。
ルナは言った。
『強いから偉いんじゃないよ』
『守れるから、強いんだよ』
その言葉で。
怪異たちは変わった。
争いをやめた。
弱い者を守るようになった。
だから。
怪異たちは彼女を姫と呼ぶ。
王ではなく。
支配者でもなく。
――守るべき存在として。
⸻
「……そっか」
ルナは小さく呟く。
「私は、みんなの姫なんだ」
「はい」
執事は頭を下げる。
「我ら怪異にとって、姫様は始まりであり、希望でございます」
⸻
その時。
突然。
空気が変わった。
ルナの表情が変わる。
「……誰かいる」
「!」
執事が警戒する。
「姫様、お下がりください」
「大丈夫」
ルナは窓を見る。
そこには。
黒い霧のようなものが浮かんでいた。
『……見つけた』
低い声。
『ようやく……見つけたぞ』
⸻
怪異たちが一斉に姿を現す。
『姫様から離れろ』
『貴様、何者だ』
しかし。
黒い霧は笑った。
『忘れたのか?』
『お前たちは……』
『一度、姫を失ったことを』
⸻
ルナの頭に。
一瞬だけ映像が流れる。
燃える景色。
泣いている怪異たち。
伸ばされた手。
そして――
「……私」
ルナは胸を押さえる。
「昔、みんなを……」
言葉が続かない。
⸻
黒い霧が告げる。
『姫よ』
『お前は優しすぎる』
『だからまた、同じことになる』
⸻
その瞬間。
ルナは顔を上げた。
「……違うよ」
小さな声。
でも。
怪異たち全員が聞いていた。
「私はもう、逃げない」
「今度は……みんなを守るから」
⸻
黒い霧は消えた。
しかし。
怪異たちは理解した。
姫様は戻った。
昔のように。
優しくて。
誰よりも強い姫が。




