第四話:姫様、優しさを教える
ルナが学校へ通い始めて、一週間が経った。
「ルナちゃんって、本当に変わってるよね」
昼休み。
ユイが笑いながら言う。
「そうかな?」
「うん。普通は初めて学校に来たら緊張すると思うんだけど……」
ルナは首を傾げる。
「楽しいから」
「楽しい?」
「うん」
ルナは教室を見渡した。
笑う人。
話す人。
くだらないことで怒る人。
全部が新鮮だった。
怪異の世界にはなかったもの。
「人間って、面白いね」
その言葉に、ユイは少し笑った。
「ルナって、人間じゃないみたいな言い方するね」
「……」
一瞬。
ルナの動きが止まる。
「……そうかも」
「え?」
「なんでもない」
ルナは笑った。
⸻
その日の放課後。
事件は起きた。
「おい、お前ら」
校門の前。
数人の少年たちが立っていた。
その中心にいたのは、一人の少年。
「最近、この辺で変な噂があるんだよ」
ユイが警戒する。
「噂?」
「白い髪の小さい女の子を見たら、不思議なことが起きるってな」
ルナを見る。
「お前だろ?」
周囲の空気が変わる。
遠くで、怪異たちがざわめいた。
「姫様を疑った……?」
「許されない」
「消しますか?」
「だめ」
ルナが小さく呟く。
怪異たちは止まった。
⸻
「怖くないの?」
少年が聞く。
「何が?」
「お前、自分が普通じゃないって分かってるだろ」
ルナは少し黙った。
「……うん」
初めて。
人間の前で認めた。
「私は普通じゃない」
少年たちは息を飲む。
「でも」
ルナは続ける。
「だからって、誰かを傷つけていい理由にはならないよ」
⸻
その瞬間。
空気が震えた。
校庭の影から、一体の怪異が現れる。
巨大な姿。
人間なら逃げ出すほどの存在。
「姫様に無礼を働く者よ」
「我らが許さない」
少年たちの顔が青ざめる。
「な、なんだよ……これ……」
しかし。
「戻って」
ルナが言う。
怪異は動きを止めた。
「……しかし姫様」
「この人たちは悪い人じゃない」
「でも」
怪異は震える。
「姫様を傷つけるかもしれません」
ルナは少し悲しそうな顔をした。
「みんな、私を守ろうとしてくれるよね」
「当然です」
「でもね」
ルナは怪異を見る。
「私は、みんなに怖いことをしてほしいわけじゃない」
⸻
静寂。
そして。
怪異はゆっくり頭を下げた。
「……承知しました」
「姫様の願いを優先します」
⸻
少年たちは何も言えなかった。
目の前の少女。
世界を滅ぼせるほどの存在。
なのに。
誰よりも優しかった。
⸻
その夜。
怪異たちの集会。
「姫様は変わられました」
一体の怪異が呟く。
「昔の姫様なら、人間を恐れることもなかった」
「今は違う」
「人間を信じようとしている」
最古の怪異が静かに目を閉じる。
「だからこそ」
「我らは、姫様を守らねばならない」
⸻
その頃。
ルナはベッドの上で、小さなぬいぐるみを抱えていた。
「人間って……」
「やっぱり、あったかいね」
そして。
誰も知らない。
彼女が昔――
一度だけ、人間を失望させた存在だったことを。




