第三話 姫様、学校へ行く
朝。
ルナは鏡の前に立っていた。
「……これ、変じゃない?」
いつもの服ではなく、人間の服。
白いシャツ。
紺色のスカート。
小さなリボン。
怪異たちが用意した「学校」という場所へ行くための服だった。
「とてもお似合いでございます」
後ろから執事が答える。
姿は隠している。
しかし、気配だけで分かる。
今日もいる。
「……ついてくる?」
「もちろんでございます」
「昨日も言ったけど……」
「姫様を一人にするなど、我々には不可能です」
即答。
ルナは小さくため息をついた。
「過保護だなぁ」
その言葉を聞いた瞬間。
周囲に隠れていた怪異たちがざわついた。
『姫様が我らを頼ってくださっている……』
『違う、呆れているだけだ』
『それでも尊い……』
ルナは気づいていなかった。
怪異たちにとって、自分の一言一言がどれほど大事なのか。
⸻
学校。
人間の子供たちが集まる場所。
ルナにとっては初めて見るものばかりだった。
「おはよう!」
昨日出会った少女、ユイが手を振る。
「ルナ!」
「ユイ!」
名前を呼ばれる。
ただそれだけ。
なのにルナは嬉しくなった。
怪異たちは皆、自分を「姫様」と呼ぶ。
でも。
この子は違う。
「友達だから」
そう言ってくれた。
⸻
「転校生のルナさんです」
先生が紹介する。
「仲良くしてください」
「よろしくお願いします」
ルナがお辞儀をすると――
教室の空気が少し変わった。
「かわいい」
「小さいね」
「妹みたい」
人間たちは笑顔だった。
それを見て。
ルナは嬉しそうに笑う。
その瞬間。
学校の外。
数十体の怪異が泣いていた。
『姫様が笑っておられる……』
『なんという平和な光景……』
『記録して後世に残さねば』
「絶対やめて」
ルナの声が届く。
怪異たちは即座に静まった。
⸻
昼休み。
「ルナ、これ食べる?」
ユイがお弁当のおかずを分けてくれる。
「いいの?」
「もちろん」
ルナは箸を受け取る。
そして。
一口食べる。
「……」
「どう?」
「すごい」
「え?」
「人間って、すごいね」
その言葉にユイは笑った。
「大げさだよ」
でも。
ルナにとっては本当だった。
⸻
その時。
学校の窓が突然揺れた。
ガタガタ。
冷たい風が吹き込む。
「え?」
生徒たちがざわめく。
誰も気づいていない。
校庭の隅。
黒い影が立っていることに。
低級ではない。
人間なら近づくだけで恐怖する存在。
怪異。
『姫様……』
怪異は震えていた。
なぜなら。
目の前の少女こそ。
自分たちが探し続けた存在だったから。
「見つけた……」
「我らの王を……」
⸻
しかし。
ルナは気づいていた。
窓の外を見る。
「……」
「どうしたの?」
ユイが尋ねる。
ルナは少し悲しそうな顔をした。
「迷子がいる」
「迷子?」
「うん」
ルナは立ち上がる。
そして窓の外へ向かって、小さく手を振った。
「おいで」
その一言。
次の瞬間。
学校中に広がっていた冷たい気配が消えた。
怪異は。
泣きながら頭を下げる。
『……申し訳ありません、姫様』
『探すのが遅くなりました』
人間には見えない。
でも。
ルナには見えていた。
「大丈夫だよ」
彼女は優しく笑う。
「もう一人じゃないから」
⸻
その日。
一体の怪異が知った。
世界で最も恐ろしい存在は。
力を持つ者ではない。
本当に強い者とは――
誰かを許せる者なのだと。




