第十六話 姫様、優しい願い
校庭を吹き抜ける風が止んだ。
運動会の歓声は消え、辺りは静まり返る。
一般の人間には見えない結界が張られ、先生や子どもたちは何が起きたのか分からず立ち尽くしていた。
ルナだけが、目の前の人物を見つめていた。
「……あなたは誰?」
銀髪の人物は少しだけ目を細める。
「今は、まだ名乗れません」
「ですが、姫様」
「私はあなたの敵ではありません」
黒鎧の騎士が剣を構える。
「その言葉を信じる理由はない」
執事も一歩前へ出た。
「姫様から離れていただきます」
銀髪の人物は静かに息をついた。
「やはり……こうなりますか」
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次の瞬間。
黒い霧が校庭を覆った。
霧の中から現れたのは、異形の怪物。
腕が四本あり、全身を黒い鎧のような殻で覆っている。
赤い瞳がぎらりと光った。
「グォォォォッ!!」
怪物は一直線にルナへ飛びかかる。
「姫様!」
黒鎧の騎士が迎え撃つ。
剣と爪がぶつかり、火花が散った。
だが怪物は一体ではない。
二体、三体と裂け目から現れてくる。
「数が多い!」
「第二部隊、結界を維持しろ!」
「第一部隊は姫様の護衛だ!」
怪異たちが次々と戦いへ飛び込んでいく。
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ルナはその光景を見ていた。
「みんな……」
怪異たちが傷ついていく。
誰も逃げない。
誰も自分のことを優先しない。
ただ一人。
ルナを守るためだけに戦っている。
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「お願い!」
ルナは叫ぶ。
「もう戦わないで!」
しかし怪物たちは止まらない。
一体が怪異の肩を切り裂く。
別の一体が結界へ体当たりする。
怪異たちは苦しそうに立ち上がる。
それでも前へ出る。
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「どうして……」
ルナの胸が締め付けられる。
「どうして、みんな傷つくの……」
その時だった。
一体の怪物が怪異の隙を突き、ユイのいる方向へ飛び出した。
「え……?」
ユイは何も見えていない。
だから迫る危険にも気づけない。
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「ユイッ!」
ルナは駆け出した。
怪物の爪が振り下ろされる。
その瞬間。
ルナはユイを抱きしめた。
「危ない!」
ドンッ!
激しい衝撃が響く。
しかし。
ルナは無傷だった。
白く淡い光がルナを包み込み、怪物を弾き飛ばしたのだ。
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校庭全体が白い光に照らされる。
怪異たちは驚き、目を見開いた。
「姫様の力が……!」
黒鎧の騎士が静かに呟く。
「戻り始めている……」
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ルナはゆっくり立ち上がる。
その瞳は金色に輝いていた。
どこか懐かしい、優しい光。
そして初めて。
ルナは怒った。
「……もう、やめて」
小さな声だった。
それなのに。
世界全体へ響くような重みがあった。
怪物たちの動きが止まる。
空気が震える。
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「お願いだから」
「もう、大切な人を傷つけないで」
その言葉には命令も威圧もなかった。
ただ、心からの願いだけが込められていた。
怪物たちは一歩、また一歩と後ずさる。
まるで、その願いに逆らえないように。
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銀髪の人物は静かに微笑んだ。
「……やはり」
「あなたは、あの頃のままですね」
そう呟くと、黒い裂け目はゆっくりと閉じ始めた。
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静けさが戻る校庭。
ルナはユイの手を握ったまま、小さく息を吐く。
「よかった……」
ユイは首をかしげる。
「ルナ? どうしたの?」
周囲の人たちには、最後まで何も見えていなかった。
ただ突然、強い風が吹いたようにしか感じていない。
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怪異たちは誰にも気づかれないよう、静かに頭を下げた。
「姫様」
「本日も、お守りできて何よりです」
ルナは振り返り、小さく笑う。
「ありがとう」
「今日も、まもってくれて」
その言葉に、怪異たちは照れくさそうに目を逸らした。




