第十話 姫様、災厄と出会う
夕焼けに染まる帰り道。
「また明日ね!」
「うん! また明日!」
ユイと別れ、ルナは一人で歩き始める。
もちろん、本当に一人ではない。
建物の影。
木々の上。
空のさらに高い場所。
怪異たちは今日も姫を見守っていた。
「姫様、周囲に異常はありません」
「ありがとう」
ルナは小さく笑う。
「みんなも、あんまり無理しないでね?」
「姫様のお言葉……!」
「本日も尊い……」
執事は咳払いを一つした。
「静かに」
「はっ!」
⸻
その時だった。
カラン。
路地裏から、小さな音が聞こえた。
ルナは足を止める。
「……?」
そこには、ボロボロになった黒猫がいた。
「怪我してる……!」
ルナは急いで駆け寄る。
「大丈夫?」
黒猫は弱々しく鳴いた。
「待っててね」
ルナが猫を抱き上げた、その瞬間。
周囲の景色が揺らいだ。
⸻
夕焼けが消える。
音が消える。
人の気配が消える。
世界が灰色へと塗り替えられた。
「え……?」
ルナは辺りを見回す。
「ここ……どこ?」
そこへ、ゆっくりと足音が響く。
コツ。
コツ。
コツ。
灰色の霧の中から、一人の人物が姿を現した。
黒いローブ。
銀色の長い髪。
顔はフードで隠れている。
けれど、その声はどこか懐かしかった。
「久しぶりですね」
「……姫様」
⸻
「私を知ってるの?」
ルナは静かに尋ねる。
相手はゆっくり頷いた。
「もちろんです」
「私は、ずっとあなたを探していました」
「どうして?」
しばらく沈黙が続く。
そして、その人物は寂しそうに笑った。
「迎えに来たのです」
⸻
その言葉と同時に。
ドォン!!
灰色の世界が震えた。
「姫様ッ!!」
千眼の執事が空間を切り裂いて現れる。
黒鎧の騎士も剣を抜いた。
「姫様から離れろ!」
怪異たちが一斉に姿を現し、ルナを囲む。
⸻
「相変わらずですね」
ローブの人物は苦笑する。
「あなたたちは、姫様を囲ってばかりだ」
黒鎧の騎士が前へ出る。
「貴様に姫様を渡すつもりはない」
「渡す?」
ローブの人物は首を傾げる。
「勘違いしていますね」
ゆっくりとルナを見つめる。
「私は敵ではありません」
「姫様を救いに来たのです」
⸻
その言葉に、怪異たちの空気が一変する。
「黙れ」
執事の声は冷たかった。
「姫様を救えるのは、我らだけです」
「……そうですか」
ローブの人物は目を閉じる。
「ならば」
「もう時間がありませんよ」
⸻
ルナは一歩前へ出た。
「待って」
怪異たちが慌てる。
「姫様!」
「この人、悪い人じゃない気がする」
「ですが!」
「話だけでも聞きたいの」
⸻
ローブの人物は少し驚いたように笑う。
「……変わりませんね」
「昔から、あなたはそうでした」
「え?」
「誰の話でも聞こうとする」
その言葉を聞いた瞬間。
ルナの頭に、一瞬だけ光景が浮かぶ。
白い花畑。
笑い合う誰か。
そして――
「ルナ」
そう、自分の名前を呼ぶ声。
「……っ!」
ルナは頭を押さえた。
⸻
「今日はここまでです」
ローブの人物は一歩後ろへ下がる。
「また、お会いしましょう」
「姫様」
灰色の世界が崩れ始める。
次の瞬間。
気づけば、ルナは元の路地裏に立っていた。
腕の中には、さっき助けた黒猫。
夕焼けも、そのままだった。
⸻
執事が静かに頭を下げる。
「姫様、お怪我はありませんか?」
「うん……でも」
ルナは空を見上げる。
「なんだか」
「もうすぐ、何かを思い出す気がする」
その言葉に、怪異たちは誰一人返事をしなかった。
それが、良いことなのか。
それとも――。




