表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫ジジと、四季折々のぬくぬくライフ  作者: S.S


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4話:秋の終わりの忘れ物と、お留守番の大冒険

初夏の青空が遠い思い出に変わる頃、アパートを囲む世界はすっかり黄金色と茜色のグラデーションに染まっていた。

十一月の終わり。お庭の紫陽花は乾いた茶色の装いになり、代わりに大きな一本の柿の木が、熟したオレンジ色の実を重そうにぶら下げている。冷たい北風が吹くたびに、カサカサ、カサカサと乾いた音を立てて、赤や黄色の落ち葉が畳の上の縁側へと舞い込んできた。空気はツンと冷たく、吸い込むと鼻の奥が少しだけ痛くなるような、冬の足音を感じさせる季節だった。

そんなある日の午前中、飼い主のハルさんは、いつもより少し仕立ての良いコートを着て、出かける準備をしていた。

「ジジ、お留守番お願いね。今日は夕方まで帰れないから、ご飯はここに置いておくね」

ハルさんはそう言って、ジジの好物のカリカリを少し多めにお皿に盛った。

いつもならハルさんのお出かけを玄関まで見送るジジだったが、今日はなんだか様子が違った。ハルさんがバタバタと鍵を探したり、バッグに手帳を詰め込んだりする姿を、部屋の隅のキャットタワーの上から、琥珀色の目を真ん丸にしてじっと観察していたのだ。

カチャリ、と静かにドアが閉まり、鍵が閉まる音が響く。

ハルさんの足音がトントンと階段を降り、やがて完全に聞こえなくなった。

――しーん。

アパートの一室に、完全な静寂が訪れた。

いつもならハルさんの動く音や、テレビの音、台所でお湯が沸く音がしている部屋が、今は冷たい空気の底に沈んだように静まり返っている。

ジジは、キャットタワーの最上階から、ゆっくりと床へと降りた。

いつもならハルさんの足元にまとわりついている時間だが、今は誰もいない。この「家の中に自分しかいない」という状況は、おっとりしたジジの中に、普段は眠っている小さな「野生の冒険心」を呼び覚ますのだった。

ジジはまず、ハルさんが忘れていった「あるもの」に目を留めた。

それは、リビングの座卓の上にぽつんと取り残された、ハルさんの手編みのマフラーだった。

ハルさんは急いで家を出たため、そのお気に入りの、えんじ色のウールマフラーを持っていくのを忘れてしまったのだ。

ジジは音も立てずに座卓の椅子に飛び乗り、そこから机の上へと進んだ。マフラーに近づき、鼻先を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。

そこからは、大好きなハルさんの匂いがこれでもかと漂ってきた。

ジジは嬉しくなり、マフラーに頭をぐいぐいと擦り付けた。黒い毛がウールの繊維に絡みつくのも気にせず、何度も何度も頬を寄せる。

そのうち、ジジはマフラーを前足で「ふみふみ」と交互に押し始めた。まるで、遠い昔にお母さん猫のお乳を飲んでいた頃を思い出すかのように、喉を「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と優しく鳴らしながら、えんじ色の毛糸を優しく揉みほぐしていく。誰もいない静かな部屋で、ジジだけの幸せな時間がゆっくりと流れていった。

しかし、冒険はそこで終わりではなかった。

ふと、窓の外から「カサカサッ」という、先ほどとは違う不自然な音が聞こえた。

ジジの耳がレーダーのように音のする方を向き、マフラーからパッと顔を上げた。

ジジは床に飛び降りると、お庭に面した掃き出し窓へと足早に向かった。

冬に備えて窓はきっちりと閉められていたが、透明なガラスの向こう側、縁側のゴザの上に「それ」はいた。

風によってどこからか運ばれてきた、手のひらよりも大きな、見事な赤色をしたモミジの落ち葉だった。

そのモミジの葉が、冷たい風に吹かれて、縁側の床の上を「カサカサ、くるくる」と生き物のように不規則に転がっている。

ガラス越しのジジの目が、限界まで大きく見開かれた。

猫にとって、不規則に動く乾いた物体は、最高のおもちゃだ。

ジジは、腰を低く落とし、お尻を「フリフリ、フリフリ」と小さく左右に振ってタイミングを計った。

そして――ドンッ!と、ガラス窓に向かって勢いよく飛びかかった。

当然、肉球は冷たいガラスに跳ね返される。

「にゃう」

ジジは少し悔しそうな声を上げ、ガラスを前足で「シャカシャカシャカ!」と高速で引っかいた。しかし、モミジの葉はそんなジジをあざ笑うかのように、風に乗ってさらに外へと舞い上がり、お庭の池の方へと飛んでいってしまった。

「あーあ、行っちゃった……」

ジジは座り込み、少し恥ずかしそうに前足をペロペロと舐めて毛並みを整えた。誰も見ていないけれど、猫なりのプライドがあるのだ。

少し疲れたジジは、ハルさんのベッドの上へと移動することにした。

秋の終わりの斜めの太陽の光が、ちょうどベッドの掛け布団の上に、温かい「ひだまりの島」を作っていた。

ジジはその温かいお布団の真ん中に、丸い黒いクッションのように座り込んだ。

外では、冷たい風がアパートの壁を「ヒューヒュー」と鳴らして通り抜けていく。けれど、ハルさんのベッドの上は、驚くほど静かで、ハルさんの匂いに満ちていて、そして何より温かかった。

ジジは、再び琥珀色の目を閉じ、ウトウトと眠りにつき始めた。

お留守番という名の大冒険。マフラーとの秘密の時間、ガラス越しのモミジの葉との戦い。小さな黒猫にとって、それはとても充実した一日の出来事だった。

どれくらい眠っただろうか。

部屋の光が、黄金色から夕焼けの茜色、そして静かな紫色へと移り変わっていった頃。

遠くの玄関の方から、「ガチャリ」という、待ち望んでいた音が響いた。

ジジの耳がピクンと跳ね起きる。

「ただいま、ジジ。お留守番ありがとうね。寒くなかった?」

ハルさんの優しい声が部屋に響いた瞬間、ジジはベッドから飛び降り、一目散に玄関へと駆け出した。

そして、コートを脱ごうとしているハルさんの足元に、自分の体を「すりすり」と力いっぱいに押し付けた。

「おや、寂しかったの?よしよし」

ハルさんが冷たい手でジジの頭を優しく撫でると、ジジは嬉しそうに目を細めた。

ハルさんは座卓の上のマフラーを見て、「あ、忘れていっちゃったマフラー、ジジが温めてくれてたんだね。ありがとう」と微笑んだ。

一人の大冒険も楽しかったけれど、やっぱりハルさんがいる我が家が一番いい。

秋の終わりの長い夜が、2人の温かい空気の中に、ゆっくりと更けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ