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黒猫ジジと、四季折々のぬくぬくライフ  作者: S.S


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3/5

第3話:陽だまりの特等席と、秘密の猫集会

六月に入ると、アパートを囲む空気はすっかり初夏の匂いをまとい始めていた。

朝のうちは涼しかった風も、お昼を過ぎる頃には、肌を優しく撫でるような湿り気と、どこか力強い太陽の熱を帯びるようになる。お庭の隅に植えられた紫陽花あじさいの蕾は、日に日にその膨らみを増し、薄いみどり色から、ほんのりと淡い紫色へとその衣替えを始めていた。庭の雑草たちも、抜いても抜いても生命力に満ちあふれた青い匂いを放ちながら、ぐんぐんと背を伸ばしている。

そんな、少し汗ばむような、けれどまだ本格的な夏には遠い、のどかな土曜日の午後。

「ふう、今日は本当によいお天気ね」

飼い主のハルさんは、一週間分の洗濯物をすべて干し終え、パンパンとシーツを叩く音をアパートの裏庭に響かせていた。

洗い立ての真っ白なシーツが、初夏の青空の下で大きく揺れるたびに、シャボンの爽やかな香りが風に乗って庭いっぱいに広がっていく。

おっとりした黒猫のジジは、そのシーツが作る大きな影と、お日様の光が交互に織りなす「ひだまりの境界線」を、じっと見つめていた。

今日のジジの居場所は、リビングの中ではない。

ハルさんが窓を開け放ち、お庭へと続く木製の古い「縁側えんがわ」に、小さなゴザを敷いてくれたのだ。

ジジはそのゴザの真ん中に、丸い黒い塊となって座っていた。網戸もガラス窓もすべて取り払われた空間は、ジジにとって家全体がお庭になったような、特別な開放感をもたらしてくれた。

「ジジ、お茶にするから、そこをちょっとだけお留守番していてね」

ハルさんがパタパタと台所へ戻っていくと、お庭は一気に静けさを取り戻した。

近くの電柱のてっぺんで、一羽のツバメが「チュピッ、チュピッ」と高く鋭い声で鳴き、初夏の空を滑るように飛んでいく。

ジジは、ふにゃあと大きなあくびを一つした。

小さなピンク色の舌がくるりと丸まり、白いひげがパッと扇形に広がる。そして、前足を一本伸ばし、ゴザの網目に爪を少しだけ引っかけるようにして、背中をきれいに弓なりに反らせた。猫にとって、この「のび」の瞬間こそが、リラックスの最高潮なのだ。

そのとき、お庭の生垣の隙間から、ガサガサと葉っぱのこすれ合う音が聞こえた。

ジジは伸びを途中で止め、琥珀色の丸い瞳をその音のする方へと向けた。

緑の葉の隙間から、まず現れたのは、雪のように真っ白な長いひげ。続いて、オッドアイの瞳をきらめかせた白猫の「シロ」が、音もなくお庭に足を踏み入れてきた。

シロはジジの姿を見つけると、嬉しそうに尻尾をピンと垂直に立てた。

その先端だけを、まるでお辞儀をするように小さく「ピコッ」と揺らす。

「にゃお」

シロは短く挨拶をすると、当たり前のような足取りで縁側へと近づき、ジジが座るゴザの端っこに、どさりと腰を下ろした。

白い毛並みが、初夏の強い光を反射して眩しいほどに輝いている。

しかし、今日のお客さんはシロだけではなかった。

シロがやってきたすぐ後を追うようにして、今度はアパートの裏手にある古い物置の屋根の上から、トントン、と軽い足音が響いた。

現れたのは、見事な虎模様を持った、大きくてまるまると太った茶トラ猫の「ムギ」だった。

ムギは、この近所の商店街にあるお米屋さんで半ば飼われている、のんびり屋の地域猫だ。首には、お米屋さんの奥さんがつけてくれたのであろう、小さな赤いバンダナが巻かれている。

ムギは、短い足で器用に物置の屋根から縁側へと飛び移ると、ジジとシロの間に入り込み、ごろんと畳の上に横たわった。

まるでお米の袋がひっくり返ったかのような、見事な寝返りだった。

さらに、どこからともなく、耳の端がサクラの花びらのようにカットされた、小さなサビ猫の「サクラ」も姿を現した。

サクラはとても恥ずかしがり屋なので、縁側までは上がってこない。けれど、縁側のすぐ下にある、日陰になった植木鉢の陰にちょこんと座り、静かにジジたちを見上げていた。

気づけば、ハルさんのお家のお庭は、小さな「秘密の猫集会」の会場になっていた。

集会、とはいっても、猫たちは何かを話し合うわけではない。

リーダーが演説をするわけでもなければ、激しくじゃれ合うわけでもない。

ただ、それぞれが一番心地よいと思う場所を選び、ただそこに佇んでいるだけだ。

ジジは黒い体を丸め、シロは白い足を投げ出し、ムギは仰向けになってお腹を大胆に放り出し、サクラは日陰から静かに皆を見守る。

黒、白、茶トラ、サビ。

色とりどりの毛並みを持った猫たちが、初夏の陽だまりの中で、同じ時間を共有している。そこには完璧な調和と、言葉を超えた深い信頼関係があった。

「あらあら、まあまあ。今日は大繁盛ね」

盆に乗せた冷たい麦茶と、ガラスの器に入ったみつ豆を持って戻ってきたハルさんが、目を丸くした。

普通なら、人間が突然現れれば、野良猫たちは驚いて逃げてしまうものだ。しかし、この庭に集まる猫たちは、ハルさんがジジをどれほど大切にしているか、そして自分たちに決して危害を加えない優しい存在であることを、本能で知っていた。

シロは「にゃ〜ん」と甘えた声で鳴き、ムギは横たわったまま、太い尻尾を畳に「トントン」と打ち付けて歓迎の意を示した。

「みんな、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

ハルさんは嬉しそうに微笑むと、猫たちを驚かせないように、そっと縁側の端に腰掛けた。

そして、冷蔵庫から冷やしておいた猫用のおやつ(水分たっぷりのジュレタイプ)をいくつか取り出し、それぞれのお皿に少しずつ分けて置いてあげた。

サクラの分は、彼女が安心できるように、植木鉢の陰のすぐ近くにそっと置いてあげる。サクラは嬉しそうに目を細め、ハルさんが手を引いたのを確認してから、ペロペロとおやつを舐め始めた。

縁側の上では、ジジとシロとムギが、頭を寄せ合うようにおやつを食べている。

「カリカリ、ペロペロ、クチャクチャ」

小さな、けれどどこか賑やかで愛らしい咀嚼音が、初夏の静かなお庭に響き渡る。ハルさんは、冷たい麦茶をゴクリと飲みながら、その光景を愛おしそうに眺めていた。ガラスのコップの中で、氷が「カラン」と涼しげな音を立てて砕ける。

お腹がいっぱいになった猫たちは、誰からともなく、再び深い微睡まどろみの時間へと入っていった。

ムギの大きなお腹が、呼吸に合わせて「すー、はー」と上下に大きく動いている。

シロは、ジジの首のあたりを、優しく毛づくろいしてあげ始めた。ザリ、ザリ、と猫の舌特有の小気味よい音が響く。ジジは気持ちよさそうに首を長く伸ばし、喉を「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と、まるで小さなエンジンを回しているかのように鳴らし続けた。

風が、お庭の紫陽花の葉を優しく揺らす。

洗い立てのシーツが、太陽の熱を吸い込んで、さらに心地よい香りを放つ。

人間が一人と、猫が四匹。

初夏の陽だまりの特等席で、彼らはただ、流れる時間をそのまま受け入れていた。

何かをしなくてはいけない焦りも、明日への不安もない。ただ、今この瞬間の温かさと、お互いの存在がもたらす安心感だけが、お庭全体を優しい空気で満たしていた。

ジジは、シロの毛づくろいを受けながら、ゆっくりと目を閉じた。

まぶたの裏には、どこまでも青い初夏の空と、大好きな仲間たちの温もりが、いつまでも、いつまでも広がっていた。

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