第5話:コタツのまわりに集まる笑顔と、新しい冬の始まり
カレンダーが最後の一枚になり、アパートの周りの木々はすっかり葉を落として、灰色の枝を寒そうに空へ伸ばしていた。
十二月の夕暮れ時は、驚くほど足早にやってくる。
午後四時を過ぎる頃には、空の端が濃い藍色に染まり始め、近所の家々からは夕ご飯を仕度するトントンという小気味よい包丁の音や、お味噌汁の温かい匂いが漂ってくる。外の空気は、吐く息が白くなるほどに冷え込み、人々は首をすくめて家路を急いでいた。
そんな冷え込む冬の日の午後、ハルさんの小さな六畳間には、一年前にジジが恋に落ちた「あの魔法の道具」が、再びその威容を現していた。
「ジジ、今年もこの季節がやってきたね」
ハルさんがパチリとスイッチを入れると、薄茶色のキルト布団の奥から、じわじわと赤くて温かい光が広がり始める。
黒猫のジジは、待ってましたとばかりに、流れるような動きでコタツの布団を前足で押し上げ、その中へと滑り込んでいった。
「ふにゃあ……」
中に入った瞬間、ジジの口から、至福のため息が漏れる。
足元からじんわりと伝わる熱、オレンジ色のほの暗い空間、そして外の寒さを完全にシャットアウトしてくれる厚いお布団。ジジは瞬く間に骨を失ったように細長く伸び、ツヤツヤの黒い毛並みをオレンジ色の光に染めて、幸せの泥に浸かるように眠りへと落ちていった。
しばらくして、ハルさんがコタツに足を入れ、天板の上にコト、と小さなお盆を置いた。
お盆の上には、湯気を立てる温かい緑茶と、冬のコタツの相棒である、ツヤツヤとした山盛りのミカン。
ハルさんがミカンに指を入れ、皮を剥き始めると、部屋の中に「プシュッ」と爽やかで甘酸っぱい香りが弾けて広がった。
その香りに反応して、コタツの中からジジがひょっこりと顔を出した。
猫は柑橘類の匂いが少し苦手なはずなのだが、ジジにとってこの匂いは「冬が来た合図」であり、「ハルさんが隣にいる証」でもあったため、どこか愛おしい匂いとして記憶されているようだった。
ジジは、ハルさんの膝の上に前足をちょこんと乗せ、剥きたてのミカンを見つめた。
「ジジには酸っぱいからダメだよ。代わりにこれね」
ハルさんは苦笑いしながら、ジジの小さなお皿に、冬用の少し贅沢なマグロ味のカリカリを出してあげた。ジジは嬉しそうに喉を「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と鳴らし、小気味よい音を立てて食べ始める。
そのときだった。
トントン、とガラス窓を優しく叩くような小さな音が聞こえた。
ジジの耳がぴくりと動き、食べる手を止めて窓の方を振り返る。
ハルさんが遮光カーテンをそっと開けると、そこには、冷たい夜風の中で体を丸くし、オッドアイの瞳を健気いきらめかせた白猫の「シロ」が佇んでいた。
寒さのせいで、自慢の白い毛がいつもより少しふっくらと膨らんで、まるで小さな雪だるまのようになっている。
「あら、シロちゃん!外は寒かったでしょう、入りなさい」
ハルさんは急いで窓を少しだけ開け、網戸を引いた。
シロは「にゃお、にゃお」と、少し震える声で鳴きながら、滑り込むようにして部屋の中へと入ってきた。
外で暮らす野良猫のシロは、普段なら人間の家の中に深く入るのを怖がるのだが、今日は特別だった。ハルさんの部屋から漏れ出てくる温かい空気と、中にいる大親友のジジの気配が、シロの警戒心をすっかり溶かしてしまったのだ。
シロは部屋に入ると、まずは身震いをして冷たい外気を払い、それからジジの元へと歩み寄った。
ジジとシロ。黒と白の二匹の猫は、お互いの鼻先を近づけ、ゆっくりと時間をかけて瞬きを交わした。
「寒かったね」「うん、でもここは温かいね」
そんな言葉のない会話を交わしているようだった。
ハルさんは、シロのために用意しておいた、毛足の長い小さな毛布をコタツのすぐ横に敷いてあげた。そして、ストーブの向きを少しだけシロの方へと傾けてあげる。
シロは、その温かい毛布の上にどさりと横たわると、ジジのいるコタツの布団に自分の体をぴったりと押し付けた。
コタツの中から広がる熱と、ストーブの温風に包まれて、シロの強張っていた体がみるみるうちに緩んでいく。やがて、シロの喉からも、ジジと同じような、低く優しい「ゴロゴロ」という音が響き始めた。
部屋の中には、二匹の猫の幸せな寝息と、ハルさんが本をめくる静かな音だけが流れていた。
春には雨上がりの窓辺で出会い、
夏には青空の下のお庭で集会を開き、
秋には静かな部屋でお留守番の冒険を楽しみ、
そして今、新しい冬が来て、みんなでこうして一つの温もりを囲んでいる。
季節は巡り、外の世界はどんどん姿を変えていくけれど、この小さな六畳間に満ちる優しさと、ハルさんとジジ、そしてシロたちの絆は、何一つ変わることはなかった。むしろ、季節を重ねるたびに、その温もりはより深く、より確かなものへと育っていた。
「みんな、今年も一緒にいてくれてありがとうね」
ハルさんは、コタツの中で眠るジジの背中と、毛布の上で丸くなるシロの頭を、両手で同時に、優しく優しく撫でた。
ジジは夢心地のまま、ハルさんの手に自分の頭を「すりっ」と預け、さらに深い眠りへと落ちていった。
外では、冷たい冬の風が窓ガラスをガタガタと鳴らしている。
けれど、この部屋のコタツのまわりには、世界で一番温かくて、世界で一番のんびりとした、優しい笑顔があふれていた。
黒猫ジジとハルさんの、四季折々のぬくぬくライフ。
彼らの穏やかな日々は、これからも新しい季節を迎えながら、どこまでも、ゆっくりと続いていく。




